スパイス・エスプレッソ



「あっ…。」


――カシャーン!!


派手な音を立てて床へと落ちたのは、私の愛用の香水瓶。
溜息を一つ吐きながら、渋々、屈んで拾い上げると、また溜息を一つ。
どうやら瓶にヒビ割れはなかったようだが、そのお気に入りの細工が見事に壊れていた。


私の手の中にあるのは、小さな小さな地球だった。
青く透明な瓶の色は、中で揺れる香水が、まるで大きな海を思わせる。
そんな小さくて神秘的な地球をシッカリと支えていた軸が見事に壊れてしまって、もう元には戻りそうにない。
そう、その香水は『地球儀』を模(カタド)った、素敵なデザインをしていた。
大人の香りを纏いながら、子供の遊び心がいっぱいの。


「なンだぁ、アリア。変な声なンか出しやがって……。」
「変な声なんて出してないわ。ただちょっと高い声を上げただけで。」


背後から聞こえてきたデスマスクの声に振り向きもせず、私は何とかして、その小さな『地球儀』を修復しようと試みていた。
だが、駄目だ。
何をどうしたって、折れて取れてしまった軸は元には戻らない。
そして、行き場を失った丸い地球は、私の手の平の上で不安定に揺れる。
窓から差し込む光に、ゆらゆらと揺れる青い影を作りながら。


「壊したンか、それ?」
「うん。掃除してる途中で落としてしまって……。」
「ふ〜ん……。あ、つー事はアレだ、アリア。そうだろ?」
「アレって、何よ?」


デスマスクの言っている意味がまるで分からない、伝わってこない。
私はちょっと苛々した表情を露骨に浮かべて、背後の彼を振り返った。
途端、スッと身を屈めたデスマスクが、私の手の中に合った小さな地球を奪い取る。
そのまま身を起こすと、ズカズカと窓辺に近寄り、その香水を上にかざして光に透かしてみせた。


「俺よぉ、この香水の匂い、あんま好きじゃねぇンだわ。」
「そうなの?」
「そうなンだよ。この木とか緑とか風とか? 如何にも『大自然』の香り詰め込みましたよ! ってな感じがな。なンかムカついて許せねぇ。」


知らなかった。
デスマスクは私の使っている香水に関しては、何も言った事がなかったから。
でも、考えてみれば、そうかもしれない。
彼の性質とは対極にありそうなこの香りを、気に入る筈なんてないもの。


「だったら、どんな香りなら許せるの?」
「そうだな……。」


右上を見上げて考え込むような素振り。
そのまま、再び私に近寄ってくる彼から目を離さずにいれば、不意に響いたゴトッという低い音に、心臓がビクンと跳ね上がる。
見れば、デスマスクが手にしていた地球型の香水瓶が、サイドテーブルの上でゴトゴトと鈍い音を立てながら不規則に回っていた。


不意に肩を掴まれて、ハッとする。
眼前には、グッと近付いたデスマスクの顔があった。
唇には歪んだ笑みを浮かべているクセに、間近で見ると息を呑むくらい端整な顔付き。
反則なのよ、デスマスクってば。
自分の容姿に絶対の自信があるからって、普段は歪んだ表情の中に隠して見せない本来の格好良さ。
こんな時にだけ、その仮面を外すのだから……。


「オマエからする香りは、俺と同じで十分だろ。」
「それって、デスマスクと同じ香水を使えって事?」
「バーカ、違ぇよ。」


刹那、憎まれ口を叩く歪んだ笑みが、彼の顔からスッと消える。
そして、もう一度、跳ね上がる私の心音。
何なの、この雰囲気。
実力全開って感じじゃないの。
そんな眼差しで見つめられたら、呼吸の仕方も忘れてしまいそうだ。





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