のらりくらり



「暑っ……。」


額から流れ落ちる汗を手の甲で拭い、手にしていた本を書棚に戻すと、今日のお仕事はこれで終わり。
夕方からの時間を、何をして過ごそうか。
久し振りにカフェに行って、冷たくて甘いドリンクと共に読書の時間を楽しむのも良い。
そんな事を考えながら、鼻歌混じりに振り返る。
だが、そんな楽しい夕方の予定は、その一瞬で消え去った。


「で、デスマスク様っ?!」
「よぉ、元気してたか、アリア?」


相変わらずニヤけた笑みを口の端に浮かべ、目を細めて私を見下ろす。
この視線に捕まると、私は蛇に睨まれた蛙ように、一切の身動きが取れなくなる。
そんな自分が嫌で、嫌で。
なのに、どうする事も出来ないのが苛立たしく、腹立たしい。


「な、んで、ココにいらっしゃるの……、ですか?」
「なンでって、日本に来たから、オマエに会いに来た。」
「そんな『ついで』みたいな言い方……。大体、お嬢様が戻られるなんて聞いておりません。」
「アテナの嬢ちゃんの護衛じゃねぇよ。今日は休日なンでね。」


沙織お嬢様の護衛ではない?
今日は休日?
だったら、どうしてこんな場所――、城戸邸に貴方が居るというの?


私は目を見開き、彼の顔をジッと見つめる事で問う。
その視線を受けても、浮かぶ笑みはそのままに、言葉を返す気もないのか。
デスマスク様は甘いフェイスを歪ませたまま、私の顔を黙って見つめ返してくる。


「休日なら、ゆっくりお休みになれば良いじゃないですか。」
「バーカ。オマエに会いに来たンだっての、アリア。」
「嘘っ!」


思わず、高く声を張り上げた私に、彼の歪んだ笑みが更に深まる。
ハッとしても遅い。
こうして、いつも彼の口車に乗せられ、術中に落ちていくのだ。


私は城戸家のメイドであって、デスマスク様に仕える従者でも、女官でもない。
だから、彼の言葉に従う必要もなければ、振り切って逃げたって良い。
こんな見え透いた誘い文句など、知らん振りして遣り過ごしてしまえば良いと、頭では分かっているのに。
何を言ってもノラリクラリとかわされて、気付いたら彼の望むままに流されてしまっている自分。


いつもいつも、柔らかなベッドに沈み、彼の肩越しに見える天井の複雑な模様を眺めながら、酷く後悔するのだ。
あの日、どうしてこの人の誘いに乗ってしまったのかと。
あれさえ断っていれば、今このように彼に惑わされる日々など無かっただろうに、と。


「オマエのために、わざわざ日本まで来たンだ、付き合えよ。確か、嬢ちゃんがグラードヒルズホテルに創作スペイン料理の店を開いたっつってたな。スペインってのが気に食わねぇが、ま、一回くらいは行ってみねぇとな。」
「あの、でも、私……。」
「行くだろ、アリア?」


流れる銀の髪を掻き上げ、夕陽のように紅い目を細める。
その息を飲む程に神秘的な瞳で流し見られたら、反論など出来ない。
あくまで私が選択可能なように聞いておいて、なのに、決して断れない鋭さを秘める視線。
私はただ、深くゆっくりと頷くしかない。


「良い子だ、アリア。今夜はイイ思いさせてやるよ。あのホテル、夜景もなかなかのモンだって話だしな。光の海を見下ろしながら情事に耽溺するってのも、なかなか燃えるだろ?」
「…………。」


嫌いになれたら、私の生活はどんなにか穏やかだろう。
この人に心を振り回される事も、苦しく焦がれる事もないのだから。
デスマスク様の与えてくれる夜の夢は、それはそれは目映くて蕩けるようだけれど。
それは真夏の夜の夢のように儚く消えるもの。
未来など一ミリも見出せない、不毛なだけの関係。
だからこそ、こんなにも苦しいのよ。



どうして好きになってしまったの?



デスマスク様は、私を愛してない。
思い出した時に会いに来て、好きに抱いて、私の身体を堪能して、ただそれだけ。
「解放されたい。」と願って、拒絶しようと、跳ね除けようと思うのに。
ノラリクラリと彼にかわされ、結局は、いつもと同じ。
熱いばかりのベッドの上に、何処までも深く沈み込んでいくのだ。



‐end‐





悪い男デスさんw
気に入った女は離しません。
なのに、恋人には絶対にしないという。
ホント、飼い殺しですよ、酷い男です。
夢主さんも、他に同じような女性が何人かいて、更には本命の恋人がいる事も分かっているのに、デスさんから離れられない。
これはつまり、魔性の男って事ですかね、蟹さまw

2013.07.16



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