彼にときめく瞬間D



「ねぇ、聞いた? デスマスク様が結婚するらしいって話。」
「聖域一のプレイボーイと名高いお人が、まさか、そんな……。」
「これは本当よ。神官達、しかも、上層部の人達が言ってた話だって。」


最近、私の耳にも頻繁に届く、この手の噂話。
噂好きの女官達のみならず、男性の文官達や、聖闘士様までもが、彼の結婚話で持ち切りだというのだ。
何処から湧いて広まった噂話なのか、出所はサッパリ分からない。
ただ、これがあくまで『タダの噂』だって事だけは、ハッキリしている事実。


だって、彼の恋人である私が、身に全く覚えがないのですもの。
プロポーズ、どころか、最近、少しマンネリ気味ですらある。
それでもデスの気持ちは絶対に私から離れない、そう信じ切っていた自分は、どれだけ傲慢だったのだろう。


「スーパーモデルにも引けを取らない美女ですって。確かに、あのデスマスク様の横に並ぶんだったら、並大抵の女じゃ釣り合わないわよね。」
「有名なホテルグループの愛娘だって話よ。お金もあって、綺麗で、スタイルも良くて。それだけのレベルがあれば、さも当然とばかりに黄金聖闘士様を結婚相手に選べるのね。まるで別世界の住人だわ。」


違う……。
私じゃ、ない?


耳に届いた噂話は、明らかに私ではない、雲の上のような人との結婚話。
しかも、人脈の繋がりからいって、女神様が関わっているだろう事が窺えた。
という事は、根も葉もない噂だけの話ではなく、事実として、デスの結婚話が持ち上がっているとみて間違いないだろう。


でも、私は何一つ、デスの口から聞いていない。
何の説明もなかった、そういう話が持ち上がっているのだと、冗談ですら言われた事もなく。
言い出し難い話だろうとは思う。
だからといって、それを先延ばしにして伝えない、そんな人ではない、デスは。


「オイ、アリア。何、不貞腐れてンだよ。」
「不貞腐れてなんかいません。」
「嘘吐け。どう見ても、機嫌悪ぃじゃねぇか。それにオマエ、ご機嫌斜めだと敬語になンだよ。誤魔化せねぇぞ。」


私の機嫌が悪い理由なら、自分の胸に手を当てて、良〜く考えれば分かるでしょう?
心当たりなら、直ぐに思い浮かぶ筈。


「結婚の事か? ったく、あれは、あの女が勝手に俺を『気に入って差し上げた』とか抜かして、アテナの嬢ちゃんに圧力紛いのモンを掛けて来やがっただけだ。ンなモン、本気にするか。」
「…………。」
「ンだよ、アリア。その目は?」
「いまいち信用出来ません。」


だって、相手はデスが常日頃から言っているようなゴージャスで人目を惹く美人で、グラマーなスタイル抜群の超セレブ、社交界にも顔が利く有名人だ。
そんな人から求愛を受けて、知らんぷりなんて出来る?
この聖域きってのプレイボーイで、遊び上手と名高い、蟹座のデスマスクが?
無理無理無理、絶対に彼の心は揺れている、間違いなく。


「バーカ。理想は、あくまで理想。理想と現実の差ってのは、絶対に埋まらねぇモンなの。叶わないからこそ、理想が存在すンだよ、分かったか?」
「分かんないよ、そんなの。」


言い合っている間に、ドンドン惨めになっていく気持ちと、それに比例して、ジワジワ抑えが効かなくなってくる感情と。
じわり、涙が溢れ出しそうになって、唇を噛んだ。
ちょっとだけ怒って、ちょっとだけ彼に機嫌を取らせて。
そして、後は冗談みたいに笑って流してしまう、そんなつもりでいたのに。
どうだろう、この不安定な感情の揺らぎは。
これだから女なんて生き物は、嫌なのよ、面倒で……。


「ったく。ホントは、もっと後にしようと思ってたンだがな……。オラ、アリア。」
「……何?」
「見りゃ分かンだろ。」


ポンとテーブルに乗せられた、デスの大きな手。
その手が退いた後に残った、彼の手に隠れてしまうくらいの、小さな小さな小箱。


「これ、指輪……?」
「開けてみろよ。」


恐る恐る開いた小箱の中には、シンプルだけど目映く輝く、ゴールドのリング。
シルバーじゃなくてゴールドってところが、デスらしい。
と言うか、これ……。


「デス、ね、これっ?! このブランド、滅茶苦茶高いんじゃない?!」
「オマエね。値段聞くとか、野暮だろ、野暮。」


でもっ!
この指輪、この前、雑誌の特集で見たもの!
桁が一つ違う、こんなゴージャスな指輪なんて、どんな人がプレゼントするのだろうなんて、ぼんやりと思って見ていた記憶がある。


「ま、本気価格ってコトだ。アリア、今度こそ分かったろ? エンゲージリングには妥当なトコロってな。」
「エンゲージ、リング……。」
「ほら。早く手ぇ出せ、手。」


促されるまま左手を差し出すと、スルリと薬指を滑る冷たいリングの感触が、まるで夢か幻の如く、ぼんやりとしていて。
指に光るリングを繁々と眺めながらも、現実味のない曖昧さに戸惑うばかりだ。


「あぁ! 面倒臭ぇな、オマエは!」
「……え?」


容赦なく前髪をグシャリと撫でられ、次いで、少し乱暴に親指の腹で両頬を同時に拭われた。
そして、その指の感触に、ハタと気付く。
自分が涙を流していた事に。



「泣くなよ。」



一度は堪えた涙だったけど、緩んでしまっていた涙腺は、容易く決壊してしまったらしい。
悲しさと悔しさの涙が姿を変えて、喜びと驚きの涙となって、止め処なく私の頬を濡らしていく。


「コレが俺の本気だ。嬉しいからって、メソメソ泣いてねぇで、シッカリと受け止めろよ、アリア。」
「受け止め拒否したら?」
「あ? ンなバカな事、ある訳ねぇだろ。」


私はデスの好むような、ゴージャスで人目を惹く美人で、グラマーなスタイル抜群の超セレブな女ではないけれど。
誰よりも貴方の事が好きで、好きで、大好きで。
誰よりも愛しているって事を、どうか忘れないで、ずっとずっと……。



‐end‐





俺様蟹様デスマスク様(笑)の一言に、うっかり惚れてしまう『一言にときめく』シリーズ、如何でしたでしょうか?
自己中なんだけど、何処か優しさの籠もった彼の一言は、相当に破壊力があるだろうとの勝手なる見解で書いたのですが、デスさんが予想以上に男前に仕上がって、どうしようかと思いました(苦笑)
蟹好きの方も、そうでない方にも、キュンキュンしていただけたら嬉しいです!

2012.12.31
〜2013.08.29



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