彼にときめく瞬間A



もう直ぐ日付の変わる時間。
私は思わぬ残業となり、こんな夜更けに帰路に着いた。
そして、教皇宮を出れば見渡す限りの星空が続き――、などと都合の良い事は残念ながらなくて。
月も見えない曇った夜空の下を、トボトボと十二宮の階段を下りていった。


「オイ、アリア。オマエ、こンな時間に何やってンだ?」
「わっ! 吃驚した!」


まさか、こんな時間に誰かに声を掛けられるなんて思ってもいなかった。
だから、ぼんやりと歩いていた私は、その声に文字通り飛び上がって驚いた。
振り返って気付く、自分の今居る場所。
巨蟹宮を通り抜け、階段を二・三段下りたところで、その宮の主に呼び止められたのだ。


「オマエね、驚き過ぎだろ。」
「すみません、ボーッとしていたもので……。」
「で、アリア。何やってた?」
「残業帰りです。カミュ様の報告書の作成のお手伝いをしていたら、こんな時間になってしまって……。」


私の返答が気に入らなかったのか、チッと舌を鳴らすデスマスク様。
えっと……、でも、何が気に入らないと言うのだろう?


「カミュは?」
「え? あの宝瓶宮までは一緒でしたが。それが何か?」
「こンな深夜まで自分の仕事に付き合わせといて、家まで送らねぇってか? 意外と薄情だな、アイツ。」
「でも、任務明けでお疲れ気味のようでしたから……。」


カミュ様の薄情が意外というより、デスマスク様がそんなに心配性だったとは、そちらの方が意外です。
確かに、女性相手に乱暴を働く粗野な雑兵がいるという話は聞くけれど、でも、まさか十二宮の途中で襲うなんて有り得ない話。
一人で歩いて帰ったところで、特に問題はないかと。


「オマエはバカか?」
「は?」
「仮に雑兵が襲ってくる心配がないっつっても、十二宮に男がいねぇって訳じゃねぇ。」


そう言って、私の手首を引っ掴むと、そのまま宮内へとズルズル引き摺っていくデスマスク様。
何ですか?
無理に引っ張られると、地味に痛いんですが。


戸惑っている間にも、宮内からプライベートルームの中へと連れ込まれる。
いや、ちょっと待ってください!
一体、何のつもりですか、デスマスク様?!


「オマエが何も分かっちゃいねぇバカのようだから、身を持って分からせてやろうと思ってな。」
「い、意味が分かりませんが!」
「だから、ソレを教えてやるって言ってンだ、アリア。オラ。」


そのまま力任せにソファーの上へと身体を投げ出された。
うつ伏せた状態で、バフッとクッションの山に顔が沈む。
慌てて身を捩り、そこにいる彼を見上げれば、真っ暗な部屋の中、その赤い唇の端がニヤリと釣り上がったのが見えた。


――ギ、ギシッ……。


小さく軋んだ音と共に、ソファーが僅かに沈んだ。
二人分の体重を受け、ゆらゆらと揺れる大きなソファーの上を、足下から這い上がってくる大きな彼の身体。
まるで獲物を狙う獣のように、ゆっくりと私に覆い被さってきたデスマスク様を見上げれば、暗闇の中で、その特徴的な紅い瞳がギラリと輝いた。


「な、何をなさるおつもりですか?」
「何って……、オマエが自分を襲うヤツなンざいねぇっつーから、そンな甘い考えは捨てるべきだって事を、この俺自ら証明してやろうと思ってな。」


ま、まさかデスマスク様は、雑兵に襲われる事はなくとも、十二宮の住人である黄金聖闘士様の誰かに襲われる可能性だってあると、そう言いたかったの?
でも、それこそ本当に、まさかのまさかだ。
黄金聖闘士様が女官如きの私を襲うなんて、そんな事、ある訳ない。


「じゃ、オマエは今のこの状況、どう説明するつもりだ、アリア?」
「そ、それは……。」
「こうして簡単に部屋に引き摺り込まれて、押し倒されてンじゃねぇか。こういう事するヤツが、他にいねぇとは限らねぇぞ。シュラとか、ミロとか。涼しい顔してるが、アイオロスのヤツだって安心なンざ出来ねぇ。」


指折り数えて名前を挙げていく彼の口元には、未だ消えない酷薄な笑み。
そんなにも私を責め立てるのが楽しいのか、それとも、私の困惑顔を見るのが嬉しいのか。
だが、不意に額へと落ちてきた唇は、驚く程に優しく、甘やかな余韻を肌に残した。


「え、あ、な、何を……?」
「だから、さっきから言ってンだろが。身を持って教えるってな。」
「や、あの、もう分かりました。ちゃんと理解しましたから。自分がどれだけ危険な事をしていたのか。」
「ほう、それで?」
「私は教皇宮に残って、仮眠室にでも泊まるべきでした。」


そこまで言えば解放してくれるだろう。
そう思ったのだが、ズシリと圧し掛かる体重は、そのまま変わらない。
それどころか、ニヤリと釣り上がったままの唇が、額から下りて、今度は首筋へと吸い付いてくるではないか。


「やっ! もう止めてください!」
「やなこった。」
「何でですか? もう十分に分かりましたと言っているのに……。」
「ンなモン、決まってる。オマエを抱きてぇのさ、アリア。」
「なんで……。」


僅かな間。
暗闇の中で、瞳の紅が微かに揺れたような気がした。


「――きだからだ。」
「え? 今、何て?」


口元のニヤリがフッと消える。
と同時に聞こえたのは、チッという小さな舌打ち。
それからスッと頭が下がったと思ったら、耳元に寄せられる唇。
髪の毛が邪魔して、彼の顔は見えない。



「好きだ。」



今度はハッキリと聞こえた。
小さくて掠れていたけれど、それは想いの籠もった声だった。


「あ、あの……。」
「恥ずかしい事、二度も言わせンな、バカアリア。」


照れて……、る?
暗くて顔色が良く分からなかったけれど、上げた顔は赤く染まっているように見える。
この瞬間、今まで見た事もなかったデスマスク様のそんな表情に、思わず胸がときめいてしまった自分がいた。
無理矢理に押し倒された、こんな状況でありながらも……。



‐end‐



→Bへ続く


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