彼にときめく瞬間@



――あーあ、何で引き受けちゃったんだろう……。


パーティー会場の片隅。
目の前を横切っては楽し気な笑い声を残す人達を横目に、私はただ深い溜息を吐いた。


というのも、事情はこう。
アテナ様が、表の顔であるグラード財団の総帥として開催した規模の大きなパーティー。
護衛も兼ねて参加している黄金聖闘士様のお相手にと、女官達の中から選抜されたパートナー候補の中に、何故か私も含まれていて。
勿論、断る事も可能だったけれど、折角の表世界での華やかなパーティー。
折角の黄金聖闘士様のパートナーになれる機会。
となれば、お断りなんて簡単に出来る訳もなく、深く考えずに引き受けてしまった。


だけど、今夜、この会場に入って初めて知ったのだ。
これが、ただのパーティーではなく、『ダンスパーティー』であったという事を。


――ダンスなんて踊った事もなければ、踊る機会すらなかったわよ、今の今まで……。


目立たぬようホールの隅に移動し、人の影に隠れて見遣るのは、ミロ様やカミュ様と微笑み合いながら踊る綺麗な女官達の姿。
彼女達は聖域の外から来た人間だ。
グラード財団で秘書をしていて、そのままアテナ様に付き従って聖域へと入ってきた子。
それと、語学堪能で優秀だと某有名商社から引き抜かれてサガ様の補佐を務めるようになった子。
何れもこれまでのキャリアの中で、こういうパーティーの席に出る事も多かったのだろう、あんなに上手に踊れているのだもの。
ほら、カミュ様やミロ様のゴージャスな見た目とも相成って、会場中の視線を集めている。


それに比べて私はと言えば、聖域生まれの聖域育ち。
華やかな席などとは無縁に生きてきた。
当たり前にダンスなんて習った事もなく、毎日をただただ地味な女官として働いてきただけ。
そんな私に、どうして今回のお役目の白羽の矢が立ったのか、大いに疑問なのだけれど……。


まぁ、良いわ。
兎に角、今は誰にも声を掛けられないよう気配を消して、ひっそりと隅っこに隠れているのが一番。


「なぁにやってンだ、アリア? こンなトコでコソコソ隠れやがって、オマエは。」
「ひゃっ?! で、デスマスク、様っ?!」


み、見つかった?!
しかも、一番、見つかりたくなかった人に。
上手く混雑を利用して、移動しながら人の影に隠れていたつもりだったのに。
相変わらず、いや、恐ろしい程に周囲の人の動き、流れ、様子や態度まで完璧に把握しているんだから、嫌になってしまうわ、この人は。


「当たり前だろうが。ドコからどうやって誰が嬢ちゃんを狙ってくるか分からねぇンだからな。周囲に気を配ンのは聖闘士として当然だろ。」
「確かに……。」
「で、同じ質問を何回もさせンじゃねぇ、アリア。何してンだって聞いてンの。あ?」
「そ、それは……。」


私はオズオズと、目の前に立ち塞がるデスマスク様を見上げた。
会場の明るい照明と、煌びやかに着飾って踊る人達の姿は、大きな彼の身体に遮られて、まるで見えない。
会場の隅にいた私は、すっかり逃げ場を失い小さく縮こまっているしかなく、薄暗く影の差したデスマスク様の顔にビクビクと怯えるばかりだ。


ただ彼によって遮られているというだけで、不思議と会場の喧騒さえ遠くに感じた。
人々のザワメキも、生バンドが奏でる大音量のダンス音楽も、今は会場の外から聞いているかのように掠れている。
そして、見上げる彼の顔、冷たく細められた紅い瞳を見上げ、私は一瞬、次の言葉を躊躇った。


この人に話しても、きっと馬鹿にされる。
ダンスが出来ませんなんて言ったところで、思い切り笑われて終わりだわ、きっと。
だからといって、何も言わない訳にも、嘘を吐く訳にもいかないのだけれども……。


「……れないんです。」
「あ? なンだって? 聞こえねぇぞ、アリア。」
「踊れないんです、ダンス。踊った事がないのですもの、生まれてから一度も。」
「なンだよ、そンな事か。」


デスマスク様が大きな呆れの溜息を吐く。
鋭かった瞳が和らぐと同時に、救いようがないとでも言いたげ気に片眉がクイッと上がった。
その表情を見れば、途端にムカムカと軽い怒りが沸き上がってくる私の心。
やっぱり!
やっぱり思った通りに馬鹿にされたわ!


わ、悪かったですね、そんな大した事じゃなくて!
でも、私にとっては重大事。
黄金聖闘士様のお相手を勤めるために来たというのに、それが出来ないどころか、恥を掻くばかりなんですもの。


「意味が分かりません。どうして私だったのか……。ダンスが出来る子くらいなら、探せば他にいた筈です。その方が、ずっと良かったでしょうに。」
「そりゃ仕方ねぇな。俺が相手はアリアで頼むって言ったから。」
「はぁっ?!」
「分かり易いな、オマエ。その反応。今、思いっ切り『何で私?』って顔してやがる。」


そう言って、デスマスク様はカラカラと笑った。
心底、楽しそうに、おかしそうに。
もし私を馬鹿にして楽しむためだけに相手に選んだのだとしたら、本当に本気で恨みますからね、私。
一生、恨んで恨んで恨み尽くしてやりますから!


「そう怖い顔すンなって。単にオマエの着飾った姿が見たかっただけだ。で、そンなオマエと踊りたかっただけってな、アリア。可愛いモンだろ?」
「ほ、本当、ですか?」
「おう。こンな事、嘘吐いたところでしゃあねぇだろが。」
「でも、私……。踊れませんよ?」


心配すンな。
そう小声で囁いた後、頭をポンと一つ軽く叩かれて。
ハッとして見上げたデスマスク様の口元に、特徴的な笑みがニヤリと浮かんだ。
それは、いつもと違う姿――、スマートな黒の夜会服に身を包んでいるというだけで、どうにもセクシーに感じられて。
スッと細められた瞳も、先程とは違って色っぽく見えた。


「俺のリードを受けりゃ、例え初心者だろうと、プロ並みに踊れるように見えるって、なぁ。」
「それは言い過ぎじゃ……。」
「イイから行くぞ、アリア。ほら。」


あれ、何これ?
不思議と彼が凄く眩しく見える……。



「来いよ。」



その一言と共に右手を差し出された瞬間、自分の意志に反して、私の心臓が早鐘を打ち出していた。
もしかして、今の、あんなホンの一瞬で。
私は……、この人を好きになってしまったのかもしれない。



‐end‐



→Aへ続く


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