銀色に輝く夜



「はぁ、はぁ……、はっ!」


どこまで走っても、この夜は終わりないように思えた。
先程まで煌々と輝いていた月も、運悪く今は雲の向こう側へと姿を隠し、辺りは本物の闇に覆われている。
息を切らし絶え間なく足を動かし続けても、走って行ったその先に、安全な場所があるなんて保証は何処にもない。
それでも逃げなければ捕まるだけだし、兎にも角にも、私には走る事しか許されていなかった。


「はぁ、はぁ……。な、んで……。」


何で、私が?
そう、何で私がこんな目に合わなければならないのか。
少なくなっていく酸素に意識が朦朧としながら、思うのは、ただそればかりだ。


先月、招待されたパーティーでの事。
たまたま外に出た私が、たまたま聞いてはいけない事・見てはいけない場面に出くわしただけ。
ただ、それだけだ。
裏取引というのだろうか?
ホンの少しばかりチラッと見聞きした事が、まさか自分の命に係わる重大事になるなんて。


そう。
その日以来、私は命を狙われていた。
最初は気のせいだと思っていたけど、次第にあからさまになっていく相手方の行動に、自分の命が危険に晒されているのだと漸く理解した。
だが、危ないと分かっていても、家の中に引篭もっている訳にもいかない。
父の仕事を助けるためにも、今まで通り積極的にパーティーなどには顔を出して、社交界で立ち回っていくのが私の役割。
でも、それは同時に、彼等に狙ってくれと言ってるようなもの。
そんな中、心の奥に消えない怯えを隠したまま笑顔を作る私を、いつもとは違うと気付いてくれた人がいた。


城戸家の御令嬢・沙織さん。
何故、彼女が私の置かれた立場に気が付いたのかは分からないが、若くしてグラード財団の総帥という重責を担っている彼女なら、命を狙われたのは一度や二度ではないだろうから。
だからこそ、私の状況にいち早く気が付いたのかもしれない。


沙織さんの力があれば、何とかなるかもしれない。
やや楽観的だが、もしかしたらという思いを拭い切れずに、私は彼女に縋(スガ)った。
沙織さんは私を手助けしてくれる事を快く承諾してくれはしたが、ただ、相手方が何処の誰であるのか判然と出来なければ打つ手がないという。
彼等について調べが付くまではと、沙織さんは私にボディーガードをつけてくれた。


「はぁ、はぁ……。な、んで……、こんな時に、いない、のよぉ……。あの、役立たずっ!」


闇の中を走り続けながら、私は暫く前から姿の見えなくなった『アイツ』に向かって悪態を吐く。
口ばかり達者で、憎らしいぐらい自信満々なアイツ。
なのに、いざという時にいないなんて、役に立たないなんてものじゃない、最低最悪だ。


「どこに、行ったのよ、デスマスク……。はぁ、はっ。」


裾の長いタイトなカクテルドレスは、執拗に足に纏わり付き走り難かった。
高いヒールに、足も次第に痛みが増していく。
私は思い切って靴を脱ぎ捨て、裸足で走り出した。





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