「兄さんっ!」
「何だ、アイオリア? どうかし――、っ?!」


呼び掛けたアイオリア様の声に、ふわりと揺れて振り返った黄金の翼。
そして、それと同時。
私は背中を強く押され、バランスを崩して前へとよろけた。


「きゃっ?!」
「おっと!」


受け止めたのは、黄金の翼を持つ彼。
倒れ掛けた私を柔らかに支えて、腕の中に抱き止める。
刹那、心臓の鼓動が止まった気がした。


「大丈夫か? 危なかったな。アイオリアも随分と乱暴な事をする。」
「あ、あの……。」


顔を覗き込んでくる優しい瞳は、十三年前と何ら変わりない。
だけど、私の方は、この十三年で随分と変わってしまった。
月日の隔たりは大きいもの。
きっと彼は私だと気付かないだろう。
そう思ったのに……。


「……アデレイド? もしかして、キミはアデレイドか?」
「っ?!」


耳に飛び込んできた声、柔らかな重低音、変わらない声色。
その声が呼んだ私の名に、思わずパッと顔を上げて見遣った先には、目を見開いてコチラを見つめる緑青の瞳があった。


「アイオ、ロス……、様。」


堰が切れたように涙が零れた。
何をどうしようとも堪えきれない、止め処なく溢れ、視界に映る彼の姿を滲ませていく。
十三年前と変わらぬ温かな貴方の腕の中で、十三年だけ大人になった貴方の姿を見上げている、今、この瞬間。
それは、まさに奇跡としか言いようがない。
もう二度と逢えないと思っていた人に、ずっと愛し想い続けていた人に、私は今、触れているのだから。


「アイオロス、様……。」


夢でも幻でもなく、これは現実の出来事。
それを確かめるように、もう一度、大切な人の名を呼んだ。
恐る恐る震える声で。
溢れる涙を拭いもせずに。


「アデレイド、ただいま……。ただいま。」
「おか……、お帰りなさい、ませ、アイオ、ロス、様……。」


ゆっくりと伸びてきた彼の手が、涙に濡れた頬を拭ってくれる。
その手の温かさに、懐かしい感触に、うっとりと瞼を閉じ掛けた、その時。
強い力で引き寄せられて、慌てて瞼を開いた。
頬に触れるのは、雨に濡れてヒヤリと冷たい黄金聖衣。
私は彼の腕の中にいて、キツく抱き締められていた。


「ごめんね、ホントごめん。ごめん、アデレイド……。」
「ロス、様……。」


耳元で囁かれた言葉に、再び涙が溢れ出す。
私は黄金聖衣に覆われた胸にしがみ付き、激しく泣いた。
支えてくれる腕に甘えて、涙が枯れるまで泣いた。



***



翌朝、私が目覚めたのは、彼の腕の中。
つい昨日までは無人だった、この宮で、私達は二人きり、朝まで過ごした。
あんなにも寒々しかった宮も、守護する人が戻ってきたためか、不思議と暖かな光に満ちているように見えた。
新しい従者さんがきて、雑兵さんや見習いの聖闘士さん達が出入りして、仲間の黄金聖闘士様達が集まってきて、多分、この宮は直ぐに昔の活気を取り戻すだろう。
そんな光景は夢のようでありながらも、直ぐ目の前に広がっているのだ。
開かれた世界は無限に広がっているような気がする。
雨に閉ざされていた昨日までの私の暗く沈んだ世界とは大違いだ。





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