「アテナ様が戻ってこられた! 聖闘士様も! 黄金聖闘士様も、全員だっ!!」
「アイオリア様も、シャカ様も戻られた! サガ様も、アイオロス様もだっ!!」


石畳の廊下に反響してこだまする雑兵達の声。
虚ろな私の耳にも、その言葉は確かに届いた。
だけど、俄かには信じ難い。
幻聴か、それとも、嘘の情報か。
荒んだ心は、何もかもを容易には信じられなくしていた。
彼等が戻ってくる事自体が有り得ない出来事なのに、更に『全員』だなんて、そんな事……。


あの人は十三年も前に亡くなった筈。
そんな彼が戻ってくるなんて、蘇るだなんて、絶対に有り得ないわ。
これは幻聴、間違いなく幻聴よ。
私の耳が、心が、痛みに堪え切れなくなって、どうかしてしまったのだわ。


私は廊下で座り込んだまま、呆然と走り過ぎていく人波を見ていた。
何故、このような話を鵜呑みに出来るのか、駆けていく人達の行動が信じられなくて。
そんな私の腕を、誰かが強く引っ張って、立ち上がらせたような気がした。
誰が何故、そうしたのか、それすらも分からないままに、混乱する人の波に飲まれて。
群衆に流されるまま、何処かへ向かって歩いていく。
止まぬ雨の中、人波に押されて、ひたすら歩き続ける私。
そして、気が付けば、アテナ神殿の前に居て、荘厳なるアテナ神像を見上げていた。


神殿前の広場は、溢れ返る程の人だかりで満ちている。
アテナ神像を取り囲むように集まった人達は、数から見て、この聖域に住まう人の大多数だろう。
彼等の上げる歓声、沸き上がる歓喜の叫びは地響きすら引き起こす程。
それ程の熱気の中にいながら、私の意識は何処か遠くにあった。
耳に届く歓声は、遙か遠くから聞こえているかのようにボヤけて聞こえている。


無意識だった。
いつの間にか、私は人混みを掻き分け、群衆が作り出す輪の最前列へと突き進んでいた。
拓けた視界、目映い景色。
人々の輪の真ん中に、本来は在る筈のない光景が広がっていた。


そこに居たのは、神々しく光り輝く我等が女神アテナ様。
そして、歴戦の勇者達。
最後までアテナ様のために戦い続けた五人の青銅聖闘士様。
これまでの戦いの中で命を失った白銀聖闘士様。
十二人の黄金聖闘士様と、カノン様、そして、教皇シオン様。
次第に弱まりつつある雨に打たれながらも、アテナ様の前に跪き、頭を垂れる荘厳なる後ろ姿。


その中で、たった一人。
私の視界に映った、ただ一つの輝き。
雨に打たれ濡れても尚、その至高の輝きを失わない黄金の翼だけが、私の瞳に映る唯一の姿だった。


「アイオロス、様……。」


声にならない声が、喉の奥から零れ落ちる。
私は涙で霞む瞳で、必死に黄金の翼を追った。
何度も、何度も、その名を繰り返し呟きながら。


「アイオロス様……。」


愛しい人の名を。
愛する人の名を。


「アイオロス様……。」


降り続く雨音と、人々の歓声に飲まれて、掻き消される囁き。
それでも、私は声を上げ続けた。
この世で私が愛する事の出来る、ただ一人の人の名前を。


「アイオロス様……。」


瞬きもせずに見つめる先、聖闘士様達が立ち上がり、動き始めた。
ふわり、揺れる黄金の翼。
その後ろ姿に釘付けのままで、後を追う私。


「アイオロス様……。」


大声で叫び引き止めたい。
待って、行かないで。
私を置いて行かないで。
私の前から消えてしまわないで。
もう貴方が居なくなるのは嫌。


「アイ、オロス、様……。」


なのに、これ以上の声が出ない。
貴方を呼び止めたいのに、どうしてか声にならない。
私は必死で腕を伸ばした。
声にならないのならば、せめて、この指先が届けと……。


「……アデレイドっ?!」


その手を、誰かの手が握った。
ハッとして視線を向ける。
そこに居たのは、アイオリア様だった。
震える手を掴み、目を見開いて私を見ている。


目が合った瞬間、アイオリア様は、きっと私の心までも読み取ったに違いない。
何か言いたげに、でも、何も言わずに、彼は強い瞳で一つ、大きく頷いてみせた。
そのまま、歩き出すアイオリア様。
私の手を握り締めたまま、力強く進む足取りは、戸惑う私を引き摺っていく。


「あ、あの……。アイオリア、様?」
「大丈夫だ。俺に任せておけ。」
「え……?」


困惑する私には構わず、ズンズンと突き進んでいく。
そして、ピタリと立ち止まった場所。
そこには、この世に二つとない黄金の翼が揺らめいていた。





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