「オマエね、アンヌ。イイ加減、諦めろって。」
「あ、諦めるって何をですか?!」
「だから、そういきり立つなっての。食っちまったのは仕方ねぇンだから。」
「わーわーわー! それを言わないでください!」


彼等が『何』を食べたかなんて、聞きたくもないし、思い出したくもない。
寧ろ、忘れたい。
一分一秒でも早く、記憶から消し去ってしまいたい。


「ミャミャ。」
「うわっ! だ、駄目です、シュラ様! それ以上は近付かないでください!」
「ミャッ?」


私から一定の距離を置いて床に座っているシュラ様とアイオリア様は、様子を窺っているのか、目を凝らしてジッとコチラを眺め見ている。
そして、少しでも隙を見つけると、こうして近付こうとするのだ。
その都度、私は飛び退いて、シュラ様達から距離を取っては、また警戒する、その繰り返し。


「ンな事、やってたら、元に戻った時、どうすンだよ?」
「どうするって……。」
「猫だろうが人だろうが、シュラはシュラだろ? だったら、人の姿に戻っても、キス一つ出来ねぇってワケだ。」


た、確かに……。
人に戻っても、シュラ様はシュラ様。
例え、昆虫を食べたのが黒猫の姿の時だったとしても、食べてしまった事に変わりはない。
つまりは、バッタを食べた人とキスをしなきゃいけない事になる訳で……。


「そ、それならそれで良いです。金輪際、シュラ様とキスはしません。」
「そーゆーワケにはいかねぇだろ、どう考えても。同棲してンのに、キスもしねぇとか有り得ねぇし、そもそもエッチだって、毎晩、ヤってンだろ? オマエが嫌がっても、押し倒されたら避けようがねぇンじゃねぇの?」
「ううっ……。」


でも、そうだ。
あの精力旺盛、体力自慢のシュラ様の事。
元の姿に戻ったら、確実に丸一日はベッドに縫い付けられて、私が意識を失おうと、どうなろうと、離してはくれないだろう。
だけど、昆虫を食べた人と、キスどころか、あんな事やこんな事をするなんて、出来れば考えたくない……。


「だから、諦めろっつってンの。ほれ。」
「ミャン!」
「わっ?!」


デスマスク様は少し苛立った様子で屈むと、シュラ様の首根っこを掴み、そのままポーイとコチラへ小さな身体を放ってみせた。
身軽なシュラ様の事、そのまま助けなくとも、華麗に床へ着地してみせるのだろう。
だが、いきなりそのように乱暴な事をされては、私も冷静な判断など出来る訳もなく。
慌てて手を伸ばし、宙に舞ったシュラ様の身体をよろけながらもキャッチしていた。


「ミャミャン。」
「や、シュラ様! 止めてください、擽ったいです!」


抱き留められた事が余程、嬉しかったのか。
シュラ様は私の腕の中に収まると、即座に胸の谷間に顔を埋め、グリグリと潜り込んでくる。
そして、プハッと大きな息を漏らして顔を上げた後、心底、幸せそうに「ミャーン。」と鳴き声を上げた。
明らかに語尾にはハートマークが付いている。


「ま、物事は諦めが肝心ってな。もう一匹も抱き上げてやれ、アンヌ。羨ましそうに見上げてンぞ。」
「はぁ。仕方ないですね……。」


大きな溜息を一つ。
肩を落として吐くと、身体を屈めて、足元にいたアイオリア様を、もう片方の腕で抱き上げた。
両手に猫、艶々黒毛のシュラ様と、ふわふわ金髪のアイオリア様。
あんなグロテスクな昆虫を食べてしまったとはいえ、可愛いものは、やはり可愛い訳で。
嬉しそうに両頬に擦り寄ってくる猫ちゃん二匹に、先程の悪夢のような光景は忘れよう、何とかして忘れたいと、心の奥で強く思った。



→第8話へ続く


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