闇のリズム的にゃんぱに



1.まさかの出来事



傾く夕陽が長い長い十二宮の階段を染めて、そこかしこに黒い影の帯を描き出す夕方の時間。
少しずつ陽の長さが短くなり始め、吹き付ける風が肌に心地良い冷たさに変わってきた秋の日の夕刻に、私は上がる息に呼吸を乱しつつ、延々と続く階段を、小汗を掻いて上っていた。


「すみません、デスマスク様。荷物、持っていただいて。」
「構わねぇよ。俺もこれから上に行くトコだったしな。」


聖域内の市場で買物を済ませた私が、両手に買物袋を下げてトボトボと一人、階段を上っていたところに、後ろから追い付いてきたデスマスク様。
今日は余程、機嫌が良かったのか、荷物を持ってやろうかなんて珍しい事を言われて、私は酷く驚いたのだが。
後々、何らかの見返りを求められるのではと疑いながらも、このとてつもなく長い十二宮の階段から受ける肉体的疲労と精神的ダメージの大きさを思えば、彼からの要求の方がまだマシに思え、ついつい、その言葉に甘えてしまった。


「デスマスク様、どちらかに御用なのですか?」
「おう、オマエんトコにな。」
「え……?」


という事は、シュラ様に何らかの用がある、と。
そういえば、少し前、私が食事の用意をしている間、何やらお二人でコソコソと話し合っていたようだったが、それと何か関係があるのだろうか?
正直、あまり良い予感がしない……。


「あ、でも、シュラ様は今、打ち合わせ中ですよ、アイオリア様と。」
「打ち合わせぇ? あぁ、そうか。アイツ等、来週から二人で任務とか言ってたか。念入りに打ち合わせたぁ、真面目なこって。」
「少しでも効率良く任務を遂行するには、事前の打ち合わせが大事だと仰ってましたが。」
「つまりは、面倒事はとっとと終わらせて、早め早めに帰りてぇってこったろ? オマエとニャンニャンするために。」
「そ、そんな、事は……。」


ま、また、こういう事を平然と言うのだから、この人は、もう……。
私を女だと思っていないのだろうか。
確かに、女官として長く一緒に居過ぎたせいで、女という概念から外されている可能性は高いけれど。


「と、兎に角、打ち合わせが終わるまでは、お待ちいただくと思います。」
「チッ、しゃあねぇな。コーヒーでも飲みながら待ってるか。」
「誰が淹れるんですか、それ?」
「オマエに決まってンだろ、アンヌ。」


結局、私ですか。
オマエはもう女官でもメイドでもないと言って、シュラ様を諫めていたのは、何処のどなたかと聞き返したくもなる。
まぁ、良いわ。
コーヒー一杯で大人しく待っていてくださるなら、それに越した事はない。
そういえば、コーヒー豆なんて、磨羯宮にあったかしら?


「オイ、誰もいねぇみてぇだぞ?」
「え?」


長い階段を上り終え、やっとプライベートルームの扉の前まで辿り着いたものの、ドアノブに手を掛けたデスマスク様が眉を寄せる。
まだ中の様子を見ていないから、私には分からないけれど、小宇宙を感じ取れるデスマスク様は察知しているようだ。
部屋の中に、人の気配がない事を。


「でも、そんな筈は……。今日は何処にも出掛けずに、二人で打ち合わせをすると仰ってましたし……。」
「まぁ、確かに、異常に粘着質なアイツが、オマエに何も言わずに出てくなんざ有り得ねぇよな。てコトは、なンかあったか……。」


な、何かって何ですか?!
まさかシュラ様の身に何か起きたのですか?!
アテナ様の結界内にある、この聖域にいて、不測の事態が起きるなど、あまり考え難いのだけれど。


「兎に角、入るぞ。」
「は、はい……。」


神妙な顔をしてドアノブを回し、プライベートルームの中へと足を進めるデスマスク様。
私はその大きな背中に隠れるようにして、その後ろをついていった。





- 1/10 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -