――ダダダダダッ!


「わっ?! こら、シュラ様っ?!」
「む?」


階段の一番下、固い石畳の上に黒猫シュラ様を降ろした途端の出来事。
目にも止まらぬ速さで階段を駆け上がっていく。
当然、私如きの足では追い付けず、アワアワしながら見ているしかない。
そんな私の様子に気付いていたのか、いないのか。
焦りもせずに階段を上り始めたサガ様が、あっという間にシュラ様に追い付いて、その小さな身体をひらりと掬い上げた。


「ミギャー!」
「こらこら。暴れるな、シュラ。遠くへは行かぬという約束だったではないか。」
「ミギャッ! ミギャー!」


階段を遙かに上った先。
私も二人(いや一人と一匹?)を追い駆け、女官服の長いスカートをたくし上げて駆け上がり、そこへと向かったが、さ、流石に、こ、この距離では……。
い、息がっ……。


「は、はあっ、はあっ。し、シュラ、様っ。ち、ちょっと、だけって……、言った、じゃ、ない、です、かっ……。」
「凄い息の切れようだな、アンヌ。この程度の距離で。」
「わ、私は……、聖闘士、では……、あ、ありません、ので……。」


暴れるシュラ様をシッカリと腕に抱き、キョトンと私を見下ろすサガ様。
いやいやいや、そんな目で見られても。
私達女官は一般人ですから。
どんなに長く聖域に勤めていようと、体力もスピードも普通の人間ですから。


「私が普通の人間ではないと言うのか、アンヌは。」
「寧ろ、普通の人間だと思っていた事が驚きです、サガ様……。」
「ミミャッ!」


自分勝手・マイペース・自己中なシュラ様ですら、聖闘士は人知を越えた存在だという自覚はありますよ。
その自覚が(成りすましだったとはいえ)、教皇職を勤めていた人に全くないだなんて、とんでもない事じゃないですか。


「あ、猫ちゃんだわ。」
「わー、可愛い。黒猫ちゃんね。」


と、その時。
宝瓶宮の方向から下りてきた数人の女官さん達が、こちらに気付いて近寄ってきた。
しかも、彼女達のお目当ては、明らかにサガ様の腕の中にいる猫ちゃん。
つまり、シュラ様だ。
こ、これは、非常にマズい展開だわ……。


「サガ様が飼われている猫ちゃんですか?」
「スリムで顔立ちも凛々しくて、精悍な猫ちゃんですね。」
「少しだけ撫でても良いですか?」
「あぁ、構わんぞ。」


サガ様は、そう言ったけれど、あのシュラ様の事。
大人しく女官さん達に撫でられているとは思えない。
だって、彼女達が姿を見せた瞬間から、シュラ様の目付きが鋭く釣り上がったのが分かるもの。
私はキャッキャと楽しそうな声を上げてサガ様とシュラ様を取り囲む女官さん達の姿を、ヒヤヒヤしながら眺めていた。


「毛並みが艶々ね……、きゃっ!」
「キシャー!」


案の定、自分へと伸びてきた手に向かって、敵意向き出しの猫手刀を繰り出すシュラ様。
い、いくらなんでもそれはないんじゃないですか、シュラ様。
猫とはいえ聖闘士、猫とはいえシュラ様。
その手は変わらずキレッキレの『聖剣』のままだ。
そんな物騒な手を振り回して威嚇して、女官さんが怪我でもしたらどうするつもりですか。


「キシャー! ミャー!」
「やだ、怖〜い。猫ちゃん、怒っているみたいね。」
「シャー!」


歯を剥き出しにして威嚇の声を上げるシュラ様を見て、私は呆れの溜息を吐く。
本当にもう、この人はキャピキャピした女性が嫌いなんだから。
猫になると、それが顕著になるのだ。





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