闇のリズム的夏期休暇



シュラ様が執務から戻られたのは、まだ明るい時間だった。
と言っても、夏の陽は高く、そして長い。
時計を見れば、既に六時に迫ろうとしていて、少しだけ驚いた。


「暑い……。」


シュラ様は相変わらずの無表情で、そう一人ごちる。
顔だけ見ていると暑さを感じているようには見えないのだけど、その額からは一筋の汗が伝っていた。
夕方だというのに一向に弱まる事のない日差しの下。
長い十二宮の階段を下りてきたのだから、涼しげな顔をしているシュラ様といえど、汗も掻くだろう。


「シュラ様、おしぼりです、どうぞ。」
「すまんな。」


私は冷蔵庫の中で冷やしておいたタオルを差し出した。
額の汗を拭い、首筋にタオルを当てると気持ち良さ気に目を細める。
何というか……、こういう何気ない表情が妙に色っぽいのだから反則だ。


「気持ちが良い。やはりアンヌは気が利く。」
「そんな、女官としては当たり前の事ですから。何か冷たいものでも用意しますね。それまでに着替えてきてください。」


私がそう言うと、シュラ様は手に持っていた雑誌をリビングのテーブルの上にボンッと放り投げ、そそくさと自分の部屋へと向かった。


「シュラ様が雑誌だなんて珍しい。」


私は、そこに残された雑誌が気になって、その表紙を覗き込む。
見出しに大きく書かれていた文字が、私の視線を釘付けにした。


『バカンスは南の島で!』


そうか、シュラ様も夏休みに何処かへ出掛けたいとか考えているのかも。
黄金聖闘士だもの。
これまで、ずっと休みなどなかったのだろうから、平和になった今、思い切り羽根を伸ばしたって良い。
生真面目で修練好きなシュラ様にだって、たまの休みは必要だ。


バカンス、何処へ行くつもりなのだろう?
シュラ様の考えが気になりながら、私は彼のために冷蔵庫から良く冷えたアイスティーを取り出してグラスに注いだ。


「シュラ様、お洋服はどうされたのですか?」
「暑いから、いらん。」


キッチンから戻ると、ソファーの上にはシュラ様が寝そべっていた。
だが、その姿。
毎度お馴染みになりつつある、下着一枚だけの姿で横たわっている。
脳味噌までが沸騰しそうな、この暑さの中では、刺激的を通り越して、もはや呆れの溜息しか出てこない。


「服を着てください。」
「断る、暑い。」
「私が目の遣り場に困ります。お願いですから。」
「ならば、ココが海だと思えば良いだろ。パンツも水着も同じようなものだ。」


違いますから、大いに違います。
水着と下着じゃ、その……、質感とかフィット感とかが全く違いますから。
今のその姿は、間違っても水着姿には見えません。


「海……、水着……。」


私が心の中で激しく突っ込みを入れている中、ムクリと身体を起こしたシュラ様は、何やら一人で考え込んでいる。
そして、手に取ったのは先程の雑誌。


「行くか、海?」
「お一人で、ですか?」
「何が悲しくて一人で行かねばならん。勿論、アンヌも――。」
「行きませんよ。」


答えると同時に、シュラ様が物凄く悲しそうな顔をした。
と言っても、他の人が見れば、いつもの無表情に変わりないのだろうけど。


「即答だな。」
「だって、まだ死にたくないですもの。」
「む、そうか……。そうだったな。」


私が日光に弱いのは、シュラ様も良く知るところ。
海などに行ったら最後、倒れるどころでは済まされないだろう。
きっと、死ぬ。
多分、死ぬ。


「海は駄目か。ならば、そうだな……。」
「何を考えてるんですか、シュラ様?」


残念極まりないといった表情から一転、今度はニンマリと口の端にデスマスク様とソックリのニヤリとした笑みを浮かべるシュラ様。
激しく嫌な予感を覚えて、ジワジワと距離を取った私の目の前。
彼は嬉しそうに楽しそうに、パラパラと雑誌を捲り出した。





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