部屋の隅にしゃがみ込んだアイオロス様の丸まった背中からは、ドヨーンと暗く黒い空気が立ち上っている。
指先で床に『の』の字を書き、ブツブツと何やら呟いて。
その哀愁漂う背中からは、教皇補佐の威厳は全く感じられない。
「何でそんなに俺の事を嫌うんだ、アイオリア……。シュラも……。」
「そんなに落ち込むなよ、ロスにぃ。いつもの事だろ。」
「いつもだと? そうか。俺はそんなに嫌われているのか……。」
「あー、もー。面倒臭いなぁ。」
呆れた声を上げたミロ様は、腕に抱いていた猫ちゃん達を床に下ろしてから、部屋の隅のアイオロス様に近寄って、上から顔を覗き込むように様子を窺う。
床に下ろされた直後は流石に大人しかったシュラ様とアイオリア様だが、互いに顔を見合わせ、それからフンと鼻を鳴らして逸らし、そして、また顔を見合わせると……。
「ミギャッ!」
「シャー!」
――ビシビシ、バシバシッ!
再び猫パンチ合戦が始まった。
えっと……、これ、止めないと駄目ですよね?
でも、二人共、私の事など眼中にないようだし、下手に手を出すと、相手が猫ちゃん達といえど怪我を負いかねない。
何と言ってもシュラ様の手刀はエクスカリバー、アイオリア様のパンチはライトニングボルトだ。
ミロ様の速さだからこそ、簡単に掴み上げられただけの話であって、私では彼等をどうしようも出来ない。
「ミミャミャミャッ!」
「ミミミー! ミミッ!」
「お前等、まーた懲りずにパンチ合戦を始めたのか? ほんっと仕方のない奴等だなぁ……。お、そうだ。」
背後から伝わる険悪な空気に気が付いて、振り返ったミロ様。
性懲りもなく猫パンチの嵐を繰り出し合うシュラ様とアイオリア様の姿を見止め、呆れた溜息を吐く。
彼は再び猫ちゃん達の喧嘩に割って入ろうとしたが、不意に何かを思い付いたのか、伸ばし掛けた手を止めて立ち上がった。
向かったのはソファーの横。
そこにはデスマスク様が猫缶やら色々なものを入れて運んでくるために使った、白い紙袋が置かれていた。
ミロ様はそれを手に取り、猫ちゃん達の横に戻ってくる。
「コラ! いい加減にしろよっ!」
「ミギャッ?!」
「ミイッ?!」
何を思ったのか、ただの悪戯心なのか。
ミロ様は、その紙袋をシュラ様の頭にバッと被せたのだ。
突然、予期せぬ暗闇に襲われ、紙袋の中で暴れるシュラ様。
アイオリア様は目の前で起きた出来事に吃驚したのか、背を伸ばして固まってしまっている。
「ミギャッ! ミミャー!」
「ククッ。見なよ、アンヌ。シュラの奴、もがいてる、もがいてる。予想通りの反応だなー。」
――ガサガサ、バタバタッ!
中でもがくシュラ様の動きに合わせて、ゴソゴソと形が変わる紙袋。
右に左に揺れ、そして、バサリと横に倒れた。
だが、倒れた事にも、紙袋の口が横になったのにも気付いていないのか、シュラ様が出てくる気配はない。
それどころか、そのまま中で暴れ続け、またパタリと向きが変わる紙袋。
今度は口が上を向き、紙袋が床の上に立った。
「お? 動き、止まったか?」
「シュラ様、どうかしました?」
――ピョコッ。
「ミャン!」
何かあったのかと、紙袋の中を覗き込もうとした瞬間。
中から、小さな黒猫の頭だけが飛び出した。
ピンと尖った耳がピクピクと揺れ、顔は動かさずに目だけでキョロキョロ周りの様子を窺っている。
可愛い……、可愛過ぎます、シュラ様。
何ですか?
本当にシュラ様ですか?
こんなに可愛い生き物が、あのシュラ様なのですか?
「ミャッ!」
「お、また潜った。」
その遊びが楽しくなったのだろうか。
また紙袋の中に顔を引っ込めて、ゴソゴソと暴れ出すシュラ様。
横に倒れてお尻を出し、伸びた尻尾を振って、また中に戻り。
ミャンミャンと御満悦の鳴き声を上げながら、一人で勝手に紙袋遊びを楽しむシュラ様だった。
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