「オマエ、まだする事あンのか?」
「お前じゃなくて、ミカなんですけど、私の名前。」
「煩ぇ。ンな事、どうでもイイから、俺の質問に答えろ。」


シャワーから戻ってきた彼が、言い放った一言。
私の顔を、その鋭く紅い瞳で睨み、そして、チラと私の手元を見遣る。
チクチクと針と糸で仕上げていたのは、孤児院の女の子達のためのシュシュだった。
幾つも幾つも作っていたそれは、一人の時間を潰すため、手の寂しさを埋めるためのもの。
どうしても続けなければいけない仕事でもないし、途中で止めても問題はない。


「別に急ぎのものではないわ。手遊びみたいなものだし。」
「なら、止めろ。寝るぞ。」
「……はい?」


意味が分からないんですけど。
眠いのはデスであって、私はまだ眠くはない。
まだまだ真夜中には早い時間。
私など放っておいて、自分だけサクッと就寝すれば良いものを。


「イイから来い。」
「疲れていようが何をしようが、横暴なのは変わりないわね。」
「余計な事は言うな。オマエは黙って従ってりゃイイんだよ。」
「お前じゃなくて、ミカ。」
「煩ぇ。オマエはオマエ。名前を呼んだトコで、何か変わるかっての。」


疲れのためか、普段以上に意固地だわ。
いつもと同じ『名前で呼んで攻撃』にウンザリしているのが、明確に顔に出ているし。
デスとの押し問答にも限度がある。
これ以上は、彼が本気で怒り出しそうだったので、諦めて命令に従う事にした。


「で、私は何をすれば良いの? マッサージ? それとも子守歌でも歌う?」
「どっちもいらねぇ。オマエは黙ってココに寝とけ。」
「つまりは……、抱き枕って事?」
「ちゃんと分かってンじゃねぇか。理解したなら、とっとと寝ろ、ミカ。」


あ、今度は名前を呼んでくれた。
そんな事だけで嬉しくなって、デスの自分勝手な命令にも、不平を言わずに従ってしまった。
夜着に着替えてベッドに潜り込む。
すると、眠る体勢を整えるより早く、彼に強く引き寄せられて、腕の中に閉じ込められた。
これは本気で抱き枕にするつもりなのだわ。
呼吸も苦しい程にキツく彼の胸に押し付けられて、でも、文句を言う気が起きないのは、伝わる体温から感じ取ってしまったから。
デスの心境を。


「もしかして、私が居ないから眠れなかった?」
「アホ。ミカがいないと寝れねぇだなンて、俺がンなヤワかっての。」
「でも、それ系の任務だったんでしょ?」


ズルズル長引かせたくない。
寝ずの番で目を凝らしていた方が良い結果が出る。
流石は俺。
その言葉のどれもが、彼の専門分野に係わりが深いものである事を強く推測させる。
つまりは、幽霊、霊魂、そういった類のものと深く関係のある任務だったのだと。


「……まぁな。」
「それで眠れなかったのね。」
「煩ぇよ。黙って早く寝ろ。」
「はいはい。」


深い恨み、強い怨念を持つ霊魂の力に、デスは影響を受け易い。
だが、それが彼の能力であり、聖闘士としての特殊な力であるのなら、当然、それを受け入れて生きていかねばならない。
そんなデスに一時の安らぎを私だけが提供出来るのならば、ただそれだけのために存在していても良いのだと、最近は思えるようになってきた。
一度は冥界へと消えてしまったデスと、再び日常を過ごしている今。
こうして共に居られるだけでも、十分に幸せで、大き過ぎるくらいの奇跡なのだから。



有り触れた日常の中、幸せを噛み締める瞬間



紛れもなく、デスは私の世界の中心で。
でも、それを彼に伝える気は、一生ないの。



‐end‐





お誕生日おめでとうございます、蟹さま!
と言いつつ、誕生日には何の関係もないネタです(汗)
抱き枕で寝る人は甘えん坊で寂しがりと聞いて、蟹さまで書きたいと思った私の頭は末期です(苦笑)
全く持って祝えてない感が溢れていてスミマセンです。

2016.06.24



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