嵐の後の静けさ。
客人のいなくなったリビングで、黙々とお料理の後片付けをする私。
その近くでは、デスマスク様が空いた酒瓶を集め、散らかった部屋を元通りに整頓していた。
表に見えている性格からでは想像し難いけれど、彼は綺麗好きで神経質。
散らかったままの部屋を、そのまま放置しておくなど絶対に出来ない。


「……アディス。」
「は、はい。何でしょうか?」


キッチンで洗い物をする私の背後から、静かに名前を呼ぶ声が聞こえた。
水道の水を止めて振り返った私の視界に映った彼は、いつもの余裕たっぷりな表情を仕舞い込み、グッと引き締まった顔付きをしていた。
目が合っても何も言わず、直ぐに逸らして、私の横に並ぶ。
洗い終わったお皿を掴むと、無言のままそれをキュッキュと拭き出した。


「あの……。」
「俺はオマエを釣った覚えはねぇ。」
「先程も同じ事をシュラ様達に仰っていましたね。」
「あぁ。あれは口から出任せでもねぇし、言い訳のつもりでもねぇよ。」
「だったら、どういう意味なのです?」


カチャリ、拭き終わったお皿を積み重ねる音が、予想外に高く響いた。
キッチンの鈍い電灯の下で、深紅の瞳がザワザワと揺らめいて見えたのは、私の錯覚か。
デスマスク様は重ね置いたお皿を、ゆっくりと慎重に食器棚へと戻し、扉を閉めてもなお、私に背を向けたまま、言葉の続きを吐き出した。


「教皇宮の女官に手を出すって事は、遊びじゃ済まされねぇ。つまりは、アディスに手を出す、イコール、それなりの覚悟が必要だったって事だ。釣った魚に餌をやらねぇなンて、そんな容易な相手じゃねぇンだよ、オマエは。」
「…………。」


言葉を挟めなかった。
話し方は淡々と、いつもと同じ口調だったけれど、言葉自体が何処かズシリと重たかった。
クルリ、やっと振り返ったデスマスク様の、真っ直ぐに私を見つめる視線、真剣な眼差し。
胸がギュッと苦しくなる感覚を、私は良く知っていた。


「この俺に、それだけの覚悟を抱かせたンだ。釣ったのは俺じゃなくて、オマエの方。アディス、オマエが俺を釣り上げた。だからこそ、こうしてオマエだけを一途に愛してやってンだぜ。分かってンのか?」
「そ、それは……。」


分かっている。
私は、彼が傍に侍らせていた女性達の半分も魅力がない、至極平々凡々な女だ。
その私に、デスマスク様は惜しみなく愛を囁き、喜びを与えてくれる。
私の手を取り、脇目もふらずに、真っ直ぐに突き進んでいく彼を、頼もしいと思い、ずっと傍に寄り添っていたいと願った。
その口の悪さも、態度の悪さも、評判の悪さも、注がれる愛情の大きさに比べたら然したるものでもない。
そういう人だと分かっていて選んだのは私自身。


なのに、今更だ。
こんな風に必死に、真剣に、私の心を繋ぎ止めようとしているのは、何故?
シュラ様達が、どんなヤジを飛ばそうとも、気に掛けた事など一度も有りはしなかったのに。


「あー……。」


問い質せば、俯いてバリバリと髪を掻き毟る仕草。
そうして、やっと、いつもの彼に戻った気がした。
引き締まっていた空気が、フッと軽くなる。


「アディスには、理解しててもらいたかったンだ。俺が厳しい言葉を飛ばすのも、オマエを召使い扱いしてるからじゃねぇって。」
「いつもの口の悪さだと思って、流していましたけれど?」
「流すな。流されても困る。」


どうして?
首を傾げると、また銀の髪をガリガリと掻き毟る。
先程よりも強く、乱暴に。


「この先も、ずっと一緒にいるンだ。俺の好みを把握して、覚えてて欲しいって思うのは、俺の我が儘か?」
「……え? ずっと?」
「どンだけ生きられるか分かンねぇが、それなりに長い年月になるとは思うぜ。」


残りの人生を、私と添い遂げるつもりなの?
まさか、この人が?


疑心と困惑と驚きと、いろんな感情がゴッチャになって、呆然と立ち尽くしていたら、チッと小さく舌打ちしたデスマスク様が不意に身を屈めた。
重なり触れ合うだけの軽いキス。
でも、それが余計に私の心をときめかせて、彼と気持ちが、より強く繋がった気がした。



分かり難い彼の、深い愛情



「あの……、本気ですか、デス様?」
「当たり前だろ。今更、確認の必要もねぇ。なンせ俺はオマエの身体にゾッコンなンだからなぁ。毎晩、ヤってもヤリ足りねぇし。」
「ま、また、そのような事を言って!」
「照れんな。事実だ。」
「もうっ!」



‐end‐





何だかんだで夢主さんを溺愛する蟹さまですw
周りからは横暴なだけに見えても、それは愛情ゆえの厳しさなのです。
蟹さまなだけに、非常に分かり難い愛情表現ですがwww

2014.06.01



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