一方的決め付け恋愛C



結局……、致してしまった。


全く、どうかしている。
あんなに嫌で嫌で堪らなかった人だったのに。
ディナーの後、いや、ディナーの最中から、ジワジワと仕掛けられていた彼の気遣いとか、優しさ、親切心、そして、これでもかというくらいの色仕掛けに負けたと言うか、ほだされたと言うか。


兎に角、気が付いた時にはベッドの上にいて、あの特徴的過ぎるニヤリ笑いを見上げていた。
暗闇の中、組み敷かれた状態で見上げる、あの笑みの、なんとセクシーな事か。
お陰で抵抗する気さえ起きなかったのだから、ディナーの中に惚れ薬でも入ってたのではないかと疑いたくもなる。


まぁ、良いわ。
過ぎた事は気にしないで忘れましょう。
こういう事は良くあるもの。
好きとかそういう事じゃなくて、たまたまそういう気分だったのよ。
相手が黄金聖闘士様なら、一夜の過ちだって構わないと、女官仲間の皆は、いつも言ってるじゃない。


私も……、私もそういう事だったんだわ。
決してデスマスク様に好意を持った訳でも、ましてや、彼とのセックスに興味を持った訳でもない。
と言っても、まぁ、良かったは良かったんだけれども。
良過ぎるくらいだったのだけれども。


――なのに……。


「よぉ、アディス。今夜もどうだ? 俺の宮に来ねぇか?」
「行きません。」
「冷てぇな。俺とオマエの仲じゃねぇか、アディス。今更、何、気にしてンだよ。」


まるで私が彼の所有物にでもなったかのように接してくるデスマスク様。
私達が一線を越えてしまった事を隠す気もなく、寧ろ、周りに気付かせようとしている、そんな物言いと態度で親しげに話し掛けては、当たり前のように誘ってきたり、慣れ慣れしく肩を抱いてきたり。
鬱陶しいまでの近過ぎる距離。


いっそ『遊び』で済ましてくれた方が、私には都合が良いのに……。


「アレは何かの間違いであって、夢か幻だと思ってますから、私は。」
「は? 何言ってンだか。オマエは俺に惚れてる。だから、何一つ、間違いじゃねぇし、当然の結果なンだよ。」
「絶対に惚れてません!」
「嘘吐け。良かったろ、アディス。今までにないくれぇな。オマエはもう俺以外の男じゃ満足出来ねぇ。分かってるぜ、俺にはな。」
「そ、そんな事っ!」


どうして言葉に詰まるのか?
「大嫌い!」と指を突き付けて、突っぱねてしまいたいのに、続く言葉が出ないなんて。


「まぁ、イイ。オマエが来たくなったら、また来い。ダイニングの椅子も、リビングのソファーも、ベッドの半分も、全部、オマエのために空けておく。いつでも待ってるぜ、アディス。」


そんな事を勝手に言い残して立ち去っていく憎らしい人。
だけど何故だか、どうしても、その歩き去る後ろ姿から目が離せない自分がいた。



***



私が来ないと分かってて誘ってくる方が悪いのよ。


そう割り切ってきたつもりなのに、夕方、そして、夜が更けると胸が痛くなる。
今日も二人分の夕食を用意して、彼は一人、あの宮の中で待っているのかと思うと、ひしひしと胸の中を占拠していく罪悪感。
そんなもの、私が感じる必要なんて何処にもない筈なのに。


「デスの奴、明日の夜から長期の任務だそうだよ、アディス。」
「え……?」


バタンと、勢い良く開かれた女官用の事務室の扉。
そこに現れたアフロディーテ様は、美しい水色の髪を靡かせて、真っ直ぐに私のところへとやってきた。
そして、開口一番、そう言い放った。
私はただあんぐりと口を開いて、端麗な彼の顔を見上げているしかない。


「あの……、どうして私に?」
「かなり危険な任務らしい。下手をすれば大怪我、最悪、生きて帰って来ないかもしれない。そう聞いても、キミは同じように『どうして?』と聞き返すかい?」


無意識にビクリと身体が反応した。
生きて帰らないかもしれない?
ならば、今夜が彼と共に過ごせる最後の夜になるかもしれない、と……。


「どうして、そんな危険な任務をデスマスク様が?」
「アイツが最も適任で、アイツにしか出来ない任務だからだ。それに、私達には困難な任務を自ら進んで引き受ける義務がある。」


それは過去の贖罪のため、という事?
声に出さず見上げれば、悲しげに翳る美しい瞳と出会う。
次の瞬間、私は席を立ち、一目散に駆け出していた。


何処へ?
勿論、あの人のいる巨蟹宮に向かって。
長い長い十二宮の階段を、ひたすら駆け下りていく。


「で、デスマスクっ、様っ!」
「なンだぁ、アディス。まだ夕飯には早ぇぞ。」
「だ、だって! で、デス、マスク様っ!」


長い階段を休みなく駆け下りてきた私は、息も絶え絶えに、膝に手を付き、彼を見上げる。
そんな私を、腰に手を当て、呆れたように見返す態度は、変わらずふてぶてしいデスマスク様のままなのに。
それすらも今は、胸をキリキリと締め付ける。
いなくならないで欲しい、傍にいて欲しいと願う、この心は――。


「聞いたのか、アディス? ンな息切らして、ココまで来たってコトは。」
「……。」
「心配する程の任務じゃねぇよ。俺を誰だと思ってンだ? そンなヤワじゃねぇし、命を粗末にする気もねぇ。それに、今はココへ戻んなきゃなンねぇ理由もあるしな。」


荒い息のまま、目の前の紅い瞳をジッと見上げる。
言葉にならなくて、声が喉の奥に引っ掛かって。
伸びてきた大きな手が頬を包んでも、私は振り払うどころか、無意識にその手に自分の手を重ねていた。


「やっぱオマエ、俺に惚れてンだろ。」
「そう……、なのでしょうか?」
「それ以外、考えられねぇだろが。」


頬に感じる手の温もり、その心地良さに目を閉じれば、そっと引き寄せられる感覚がして。
次いで、唇にじっくりと押し付けられる熱を感じた。
触れるだけのキスでも、こんなに熱くて、こんなに深い。
それも全ては彼の事を『好き』だからなのだと知る。


「俺は……、オマエに愛されてンだな、アディス。」
「そうなのでしょうか?」
「そうに決まってンだろ。」


引き寄せられて、抱き締められて、腕を回してギュッと抱き締め返して。
全身で感じる温もりが、こんなにも愛しかったのだと、この時、初めて素直に思えた。



俺って愛されてんだな



愛しているのだろうか、彼を。
うん、きっと愛してる。
だって、私も彼に愛されているから。



→次へつづく


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