一方的決め付け恋愛B



「ねぇ、聞いてよ、アディス。今夜なんだけど……。」


お昼休みに話し掛けてきた同僚の女官。
目を輝かせた彼女は、よりにもよって、今、私が一番聞きたくない人の話題を振ってきた。


「巨蟹宮で、お食事会があるのよ。デスマスク様が、皆にご自慢の手料理を振る舞ってくださるんですって。アディスも行くわよね、勿論?」
「え……。私は遠慮しておくわ……。」
「どうして? こんな機会は滅多にないのよ!」


それから彼女は、デスマスク様の料理が、どれほど凄いのか、とか。
それを口に出来るチャンスが、どれほど珍しいのか、とか。
それはそれは熱心に説明し、乗り気じゃない私を説得に掛かった。
結局、私は彼女の押しに負け、気が向いたら行くとの約束までしてしまったのだけど……。


正直、そのせいで午後の仕事中は、ずっと気が重かった。
無意識に溜息を吐いたり、妙にソワソワして、書類の整理がサッパリ進まなかったり。
デスマスク様が絡むと、どうしてこうも落ち着かないのだろう。
苛々するというか、集中力が欠けてしまう自分に腹が立つ。



***



私が仕事を終えたのは、定時を三十分程、過ぎた頃。
後少しで終わりというところでミスが発覚し、急いでやり直して、この時間。


もう皆は巨蟹宮で食事を始めているだろう。
いっそ、このまま行かないでおこうかとも思ったが、一度は行くと言ったからには皆が心配しているかもしれないし、正直、デスマスク様からの後々の報復が怖い。
私は複雑な思いを抱えて、重い足取りで巨蟹宮に向かった。


――コンコンッ!


「……失礼します。」


巨蟹宮奥のプライベートな部屋へ続くドアをノックし、恐る恐る足を踏み入れる。
宮内は勿論の如くシーンと静まり返っていたが、この部屋の中からも不思議と物音一つしない。
おかしい。
もうとっくに食事会が始まっていておかしくない時間なのに、どうしてこんなに静かなの?


「……よう、やっと来たか、アディス。」
「で、デスマスク様?!」
「待ってたぜ。これでやっと始められる。」
「待ってたって……? 他の皆は、どうしたんですか?」
「今夜はアディス、オマエ一人だ。」


わ、私一人?
デスマスク様の部屋の中で、この危険極まりない男と二人っきりって事?


慌てて部屋の中を見回した。
綺麗に片づけられたそこは、シックで落ち着いた色合いに統一され、大人の雰囲気すら漂っている。
それはデスマスク様らしくないような、それでいて、とてもデスマスク様らしいような……。


そんな部屋の中は、微かな薄明かりの照明の下、所々にキャンドルの淡い光が、橙色の暖かな光輪を描いていた。
効果的な演出で私の目を惹き付ける、その横で、デスマスク様はいつものニヤリ笑いさえ浮かべもせずに。
ただジッと、こちらを見つめていた。


淡い照明と、部分的なキャンドルの光。
それが目の前のデスマスク様の白い頬に、くっきりとした光と影のコントラストを描き出していた。
顔の右半分だけが揺らめく蝋燭の光に照らし出され、この世に二つとない紅い瞳が燃えるような炎を湛えて揺れ動いているように見える。
私は息を潜めて、その瞳の神秘的な美しさに見惚れた。


――カタリッ……。


壁に寄り掛かったデスマスク様が僅かに身動きをし、その微かな音に、私はハッと我に返った。
私は、何を……?
こんなところで、彼のような人に見惚れてなどいる場合ではないのに。


「誰もいないのなら、帰ります。」
「つれねぇ事、言うなよ。折角、オマエの為だけに、腕に縒りをかけて最高のディナーを用意したってのに。」
「でも、皆で食事会だって聞いから、私は来たんです。これじゃ、嘘じゃないですか。わざわざあの子を使ってまで、騙して私を来させようとするなんて……。」
「そうでもしねぇと、来ねぇだろ、オマエは。」


確かにそうだけど。
デスマスク様に直接、誘われたなら、百パーセント間違いなく断っていた。
だからといって、こんな小細工をしてまで私を誘(オビ)き寄せるなんて酷過ぎる。


「この際、手段は関係ねぇんだよ。今夜は俺がオマエを持て成すと決めたンだ。この前の礼にな。」


この前の礼と言うと、たまたま偶然に彼が食べてしまった夜食のサンドイッチの事だろうか?
だとしたら、あれは彼のためじゃなかったのだし、お礼なんて必要もないのに。


「お断りしますと言ったら?」
「この部屋に入った以上、オマエに拒否権はねぇ。ちなみに今夜は帰さねぇから、覚悟しておけ。」
「な、そ、そんなの絶対に嫌です! 断固拒否します! 大体、もし私が約束を無視してココへ来なかったら、どうするつもりだったのですか? 私が必ず来るとは限らなかったでしょうに。」
「来なかったら仕方ねぇ。そン時は、そン時だ。だが、俺はオマエが絶対来ると信じてた。」


そんな事、そんな真剣に言われてしまったら……。
真っ直ぐに見つめる紅い瞳に、怖い程、目が釘付けになる。


「安心しろ、アディス。ディナーが終わる頃には、オマエは俺の魅力の虜になってるだろうからな。拒否する気も起きなくなってるだろうぜ。」
「……。」


ニヤリ、やっと見せたいつもの笑顔にも、言葉が返せない。
それは既に、この心がデスマスク様の瞳の魔力に囚われ始めているからなのかもしれない。



絶対来ると思ってた



気付いてしまった、彼の魅力に。
あの瞳、あの笑顔、時々見せる律儀さと、妙な優しさ。
その全てに、心が揺れ動いている自分がいる。



→次へつづく


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