小さな戸惑い、望む一言



「オイ……、ミカ。」


住み慣れた家のダイニング。
夕食の後の汚れたテーブルをゴシゴシと拭いていた私は、不意に響いた彼の低い声にピタリと手を止めて、顔を上げた。


いつもこの時間は、シャワーを浴びていたり、リビングでゴロゴロしていたり、後片付けに追われる私の事なんか、これっぽっちも顧みないのに。
こうしてデスの方からダイニングに顔を出すなんて、とても珍しい。
何か大事な話でもあるのだろうか?


視界に映るデスはダイニングの入口付近に立ち尽くし、それ以上、そこから中に入って来ようともせず、かといって、出て行こうともしない。
どこか苛々した様子なのがアリアリと分かり、私は軽く溜息を吐いた。


自分から呼び止めたクセして、私の方をチラリとも見ようとはしない傲慢過ぎる態度のデスは、私の溜息など軽く無視し、目を逸らしたまま銀の髪を掻き毟っている。
それが返って彼らしくなくて、何処となく落ち着かなく感じた私は、手に持っていた布巾をクシャクシャと丸めたり広げたりを繰り返した。


そうだわ。
いつもは、その紅い瞳でジッと私の心の中まで見透かすように見つめては、口元に独特なニヤリ笑いを浮かべて。
そして、口をついて出るのは呆れるしかない自信過剰な台詞ばかりで、いつも私は肩を竦めながら適当に相槌を打つか、華麗にスルーするかが日常茶飯事。
分かり易い事この上ない、そんな彼の言動パターン。


なのに、時々。
本当に、時々の時々。
こんな風に何を考えているのか読み取れなくなる時がある。
分かり易いニヤリ笑顔から一転、とても曖昧で、雲を掴むような、霧が掛かったような、この表情。
デスが次に何を言わんとしているのか、何をしようとしているのか。
それが読み取れないというだけで、私の心は動揺し、不安が一気に押し寄せてくる。


「何、デス?」


心なしか震えた声に、自分自身でもっと動揺した。
でも、その震えに、デスがまるで気付いてないのが救いだと思った。
動揺している事がバレてない、これなら何とか誤魔化せる。
だが、そう思った刹那。
スッと顔を上げた彼の鋭い瞳に射竦められて、私の全身が硬直する。
全ての動きが止まり、時の流れも止まったかのように思えた。


「ミカ、オマエさ……。俺の事、『アイシテル』か?」
「……は?」


えっと……、幻聴?
今、激しくデスには似合わない単語が、その口から吐き出されたような気がしたんだけど、幻聴よね。
うん、聞こえた気がしただけだ、絶対に幻聴、絶対に空耳。


「何度も言わせンな。『アイシテル』か? って聞いてンだよ。」


いや、やっぱりデスには似合っているのかもしれない。
少なくとも私以外の女性に向かって投げ掛けられた言葉なのだとしたら、これ以上ない魅惑的な誘い文句だ。
デスにこう聞かれて、「いいえ。」と答えられる人なんていないと、私ですら思えるから。


でも、『デスと私』の間では、そうはいかない。
私達にはやっぱり似合わない言葉だと思うし、何で今更そんなと思う気持ちが、ただただ強まるだけ。
ほら、まさに今がそう。
どうして良いか分からずに、呆然と立ち尽くすばかりだもの。





- 1/5 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -