波音に揺られて



このシチリアで共に暮らす『あの人』が、大事な任務とやらで聖域に呼ばれて一ヶ月。
昨夜、夕陽が沈み掛け、辺りが夕闇に包まれ始めた頃にフラッと帰ってきた彼は、『ただいま』の挨拶すらする前に、突然の帰宅に驚いた私をギュッと抱き締めた。


元々、素直に『ただいま』とか言う人ではないから、挨拶もないのは当たり前だったのだけど。
これがいつもなら「どうだ、俺がいなくて寂しかったろ?」なんて、ニヤリと笑いながらふざけた調子で肩を抱いてきたりして。
本当に寂しかったのは自分のクセに、そうやって誤魔化すのが『あの人らしさ』だから。
「そうね、デスが感じてたのと同じくらいに寂しかったわ。」と、そう返すのが恒例のやり取りだった。


だから、昨夜の彼の行動には、ただひたすら驚くばかりで。
きっと聖域で何かあったのだろうと悟ってはいても、気の利いた言葉の一つも掛けられないまま、私は彼の大きな背中に回した腕で、ギュッと強く抱き返す事しか出来なかった。


「暑い、ダルい……。身体、重い……。」


そして今、私は自分のものとは思えないくらいに強張った身体をソファーに横たえ、一人、ブツブツと文句を吐き続けている。
昨夜は、あのまま彼にベッドの上へと押し倒されて。
慰めるのとは違うけれど、こんな時くらいは彼の好きなようにさせて上げたいと、逆らわなかったのが悪かった。
正直、身体は早々に限界を迎えていたのに、望まれるままに朝まで付き合った、いや、半ば強制的に付き合わされたお陰で、今は一人、鉛と化した自分の身体と戦いながらウンウン唸っているところ。


弟子持ちの聖闘士に休みなんてない。
私が目を覚ました時には、当たり前にあの人の姿はなく、盟との鍛錬に出て行ったのだろう。
出来れば、ずっとベッドの上で寝ていたかったのだが、こんなしどけない姿でいたら、鍛錬から戻って来た彼に、また襲われかねない。
そう思って、何とか起き上がり、シャワーを浴び、服を着たまでは良かったが。
結局、辿り着いたソファーの上でダウンしてしまった。


「……あ。」


視界の端にチラリと映ったのは、彼と良く似た逆立つ銀色の髪。
だが、まだ成長しきっていない、やや細身の身体付きは、それが彼自身ではなく、あんなチャランポランな男を師匠として仰いでいる風変わりな少年のものだと教えてくれた。


「ねぇ、ちょっと、盟〜。」
「なんスか、ミカ姐さん? そんなグッタリして。」
「原因は貴方の尊敬している師匠以外に有り得ないでしょ。鍛錬じゃなかったの? アイツは?」
「師匠なら鍛錬が終わった後に、海の方へ歩いて行きましたよ。散歩にでも行ったんスかね?」
「散歩? 変なの……。」


ソファーの横へと近付いて来た盟を見上げれば、右頬が傍目にもハッキリ分かるくらいプックリと腫れ上がっていた。
どうやら気合が入っていたのは私相手の昨夜だけではなかったらしい。
盟も相当に絞られた事が、その痛々しい頬の腫れ具合から見て取れた。





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