sunset rouge



ここの夕陽は、世界一キレイだと思う。
見渡す限りの広い空を真っ赤な色に染め変えて、穏やかな海へとゆっくり沈んでいく、あの大きな太陽。
このシチリア島に移り住んで数年。
私は何度となく飽きもせずに、この夕陽に見惚れた。


ガイドブックに載っているような夕陽のキレイなスポットなら、この島のいたる所に何ヶ所もある。
それこそ観光客が群れ集まるような海辺のホテルとか、港とか丘とか、挙げればキリがない。
だけど、その中にあって、他の何処よりも美しい場所を、誰一人知る人のいないその場所を、私だけは知っていた。
いや、『私だけ』と言うよりも、『私達だけ』と言った方が正しい。


そこには観光客なんか一人も見当たらない。
うぅん、観光客どころか、地元の人すら容易には近付けないの。
何故って、切り立った岩肌とゴツゴツとした岩が剥き出しの斜面、険しい岩壁を越えた、その先に、その場所はあるんだもの。
一般の人が近付けないのも当たり前よね。


この沢山の人で賑わう島に唯一残っている、人の手が加わっていない力強い自然のままの場所。
そこが私達の暮らす静かで、それでいて厳しい、この土地だ。
そして、今、まさに私が座っているこの崖の上。
私達が生活をしている、ささやかで小さな家を真下に見下ろす、この場所。
そう、この崖の上こそ、この島一番の夕陽の名所だった。


「キレイ……。」


一人、呟いた言葉は朱(アケ)に染まった世界に飲み込まれて消える。
目が眩みそうな高い崖の上に平然と腰掛けていた私は、両腕を目一杯大きく広げて、沈みゆく夕陽を全身で感じ取ろうとしていた。


「ミカ姐さん!」


不意に、聞き慣れた声が背後から響いた。
この良く通る声は、イイ加減で面倒臭がり屋の『あの人』が、唯一指導を引き受け、熱心に大切に、自分の持てる全てを教え導いた少年のもの。
まぁ、『熱心』だとか『大切』だとか、本人は絶対に認めないんだろうけど……。


「盟、どうしたの?」


夕陽に向かって広げていた腕を下ろした私は、ゆっくりと背後を振り返る。
そして、私のやや後方、少し離れた場所に立っていた盟の姿を見上げるように視線を送った。
師匠への敬意という身勝手な理由を付けて銀に染めた盟の柔らかな髪が、夕焼けの中で鈍い朱色に染まっている。
途方に暮れたというか、困り果てた表情で、その朱色に変わった偽物の銀髪を掻き毟る盟に、私はワザとしらばっくれて尋ねた。





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