petit four的心境の変化



「飛鳥……。」


夜も更け、程良くアルコールも回り、ふわりとほろ酔い気分に心も身体も満たされた頃。
隣に座っていた愛しい恋人の肩を引き寄せ、熱の籠もったキスを仕掛ける。
それは、ただの親愛のキスではなく、これから俺が何を望んでいるのか、何をしようとしているのか、それを色濃く滲ませたキスだ。
それを飛鳥も感じ取って、その身体を押し倒そうとする俺の力に逆らわずに、ゆっくりと自分からソファーに沈んだ。


「……飛鳥?」
「ん〜……?」
「どうした?」
「ん……、何が?」


違和感を覚えたのは、俺が、その華奢な身体に完全に覆い被さった後だった。
その時の雰囲気もあるが、飛鳥は、こんなにも従順な女ではなかった筈だ。
翌朝早くから仕込みがある前日には、俺がどんなに懇願しようと断固拒否を貫くし、気分が乗らない時には、嫌だと暴れて俺を押し遣る事もある。
今日も朝から軽く風邪気味のようだったので、拒否されるのを覚悟で押し倒しに掛かったのだが……。


「無理をしているように見えるぞ。」
「……見える?」
「あぁ。」
「そう、ですか……。」


飛鳥はハァと大きな溜息を吐き、圧し掛かる俺の身体を押し遣った。
ノロノロとゆっくりした動きでソファーの上に身を起こし、また元の形に二人並んで座り込む。
すると、飛鳥は背後のクッションの後ろをゴソゴソと探り、一冊の雑誌を取り出して、俺に渡した。


『恋人と、ずっとラブラブでいる方法』
『彼を飽きさせない十のテクニック』
『脱マンネリ、彼の視線を独り占め』


そこに並ぶ文字は、女性向けの雑誌で頻繁に見かける、所謂、『恋愛ハウトゥー』的なもの。
何故、飛鳥がこのようなものを読んでいるのか。
読む必要もない雑誌を読み込んで、モヤモヤとしてる彼女を想像しようにも、どうにも、その想像がし難い。


「今日もね。ディーテのところに、お茶に呼ばれて行ったの。」
「あぁ、それでか……。」


それで納得がいった。
アフロディーテの宮でお茶の時間を過ごすのは頻繁にある事。
その際、他の客がいなければ、大抵が俺への愚痴吐き場と化すのだ。
その時間は、飛鳥にとって唯一のストレス発散の機会といったところか。
今日も例に漏れず、俺が相変わらず人前で冷たいとか、買物の際に先を歩いて行ってしまうとか、腕を組むどころか手も繋いでくれないとか、俺に対する不満をグチグチと漏らしていたらしい。


「そしたら、ディーテがね。『キミは、そうやってシュラに対する不満ばかりを零しているけど、だったら、キミ自身は、どうなのかな? シュラにとって完璧な女性でいると思う? 自分は女である事よりも、パティシエである事を優先しているのに、シュラにだけ恋人らしい行動を求めるのは、ちょっと贅沢なんじゃないの?』って……。」
「ほう。アイツがそんな事を。」


飛鳥も、その言葉には思うところがあったらしい。
これまで、俺に対する不満ばかりを並べて、自分が努力する事は余り考えていなかったと言う。
確かに、飛鳥はパティシエの仕事を最優先している。
俺と過ごす恋人としての時間よりも、だ。


翌日の仕事ためなら、夜の営みは拒否する。
下着は働くのに機能的なものを身に着け、服装や化粧には余り拘らない。
俺のために菓子は作っても、自分を変える事はしてこなかった飛鳥。
流石に胸に手を当てて考え、俺への配慮がなかったのだと感じたのだろう。
少しでも一般的な女達のようになろうとの努力、それが現れたのが、この雑誌だったのだ。


「こんな努力はいらん。お前はいつのも飛鳥で良い。」
「でも……。」
「お前がパティシエの仕事を最優先させる事も、俺は納得してるし、それで良いと思ってる。何の不満もない。寧ろ、変わって欲しくはない。」


少しだけ不安げな顔をした飛鳥の額に、頬に、軽いキスを落とす。
肩を抱き寄せて、寄り添い合えば、それだけで二人共にいる喜びに繋がるのだと思えた。



酸いも甘いも関係ない
たった一つの愛しいスイーツ



(シュラ。まさか、自分が許すんだから、お前も愚痴を吐くなよって、思ってない?)
(そ、それは……。)
(駄目よ。シュラは恋人らしい行動が取れるように、もっと努力をしてくださいな。)
(クッ……。)



‐end‐





珍しく夢主さんが悩むお話。
山羊さまも下手に突っ込まずに、気付かぬ振りして美味しくいただいてしまえば良いものを(苦笑)

2016.03.08



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