彼女の原点



シュラと二人で行っていた午後の自主修練を終えて、自分の宮へと向けて十二宮をテクテクと上る。
途中、差し掛かった磨羯宮の中で、何処からか聞こえてきた不思議な音。


――カツーン、コツーン……。


どうやら私だけに聞こえる幻聴ではないらしい。
何事かと訝しげに眉を顰めたシュラと二人、顔を見合わせる。
今日は寄り道せずに真っ直ぐ自宮へと帰るつもりだったが、流石に音の正体が気になって、シュラの後に続いて磨羯宮のプライベートルームへと足を向けた。


――ガコーン、ガンッ!


中に入れば、更にボリュームを増す破壊音。
まさか、飛鳥が普段の鬱憤晴らしとばかりに、お皿でも割っているのか?
しかし、毎日、大好きなスイーツ作りに精を出す彼女に、溜め込む程の鬱憤があるとは思えない。
そんな事を考えながら、シュラの背後からリビングの中を覗き込んだ。


「戻ったぞ。」
「お帰り〜、シュラ。あ、ディーテも、いらっしゃい。」
「お邪魔するよ、飛鳥。」


彼女はいつもの定位置、部屋の真ん中のソファーではなく、燦々と日の当たる窓の傍にいた。
しかも、手には木のハンマーを握り締めて。
そして、挨拶の間にも、それを何かに向けて振り下ろしている。
ガコンガコンと派手な音を立てて。


「何をしていたんだい、飛鳥?」
「これ、お餅。黴が付かないように気を付けて乾燥させておいたの。それを、こうして木槌で叩いて……。」


――ガコンッ!


床に広げたシートの上、しゃがみ込んでいた飛鳥は、握り締めていた木のハンマーを力一杯に振り下した。
すると、大きな音を立てて、その真っ白な『お餅』とやらが粉々に割れる。
砕けたお餅の欠片を集めた飛鳥は、それをポイポイと横に置いたザルの中へ。


「それを、どうする気なんだい?」
「油で揚げるの。揚げて、お塩を振って、おかきの出来上がり。とっても美味しいのよ。」


それは多分、日本の菓子なのだろう。
相変わらず無表情なシュラの目の奥が、キラリと輝いた時点で、菓子である事は間違いない。
ただ、それがどういうものなのか全く分からないので、コトリと首を傾げるだけの私。


「シュラ、作業を代わって。私、これ、揚げてくるから。」
「これを砕けば良いのか?」
「そうそう。あまり細かく砕かないでね。程々の大きさにね。」
「分かった。」


飛鳥は砕いたお餅が山盛りになったザルを抱えて、キッチンへと姿を消した。
私は洗面所へと向かったシュラの隣に並び、手を洗ってからリビングへと戻る。


「これがお餅? お餅って、もっと柔らかいものだと思ってた。赤ちゃんの肌みたいな柔らかさだって、聞いた事があるけど?」
「飛鳥の説明を聞いてなかったのか? ワザと乾燥させてたんだ。おかきにするためとは知らなかったが。」
「おかきねぇ……。そんなに美味しいものなのかい?」
「美味い。兎に角、美味い。」


言いながら、カツカツと残りの乾燥餅を叩き割り始めるシュラ。
しかも、飛鳥が置いていったハンマーは使わず、拳を叩きつけて、素手で砕いていく。
それを真似て、私もカチカチに乾燥したお餅を一つ、拳で叩いてみた。
案外、簡単に砕けるものだな。
ちょっと力を入れて拳を打ち付けただけで、綺麗に粉々になった。


「わ?! どうして素手でやっているの?! 木槌があるのに?!」
「聖闘士にハンマーなど必要ない。ちょっと叩けば、軽く割れる。」
「そうそう。シュラにハンマーなんて使わせたら、床まで砕いてしまうよ。」
「もう……。これだから、企画外の人達は……。」


呆れた声を上げる飛鳥の手には、揚げたばかりの『おかき』とやらが山と盛られたお皿が。
シュラの手は既に止まり、鋭い目はおかきへと釘付けだ。
私と飛鳥は目を合わせ、そんなシュラの分かり易過ぎる反応にクスリと笑った。





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