夏は浴衣で夕涼み「おかえりー、シュラ。」
「あぁ。ただいま、飛鳥。」
肩の凝る面倒な執務を終わらせて自宮へ帰宅したのは、午後六時の少し前の事。
未だ外は明るく、青い空にはプカプカと白い雲が漂っている。
そして、暑い。
夕方と言えど、真夏の日光が燦々と降り注ぎ、十二宮の白い階段がユラユラと揺らめいて見える程だ。
「はい、これ。」
「……ん?」
リビングへと足を踏み入る前に、胸の中に押し込まれたのは大きな布包み。
これは、以前にも見た事のあるもの、そう『風呂敷包み』だ。
そして、この状況。
全く同じシチュエーションが以前にもあったような気がするが……、デジャブか?
「直ぐにシャワーを浴びて、綺麗に汗を流してきてね。」
「待て、飛鳥。これは何だ?」
いや、デジャブではない。
春の城戸邸での一幕。
その時と今が、全く同じ状況なのだ。
俺を出迎えた飛鳥と、その彼女から渡された大きな風呂敷包み。
ならば、この包みの中身は……。
「また着物か?」
「着物は着物だけど、今回は浴衣。」
「ユカタ? 着物とは違うのか?」
「着物ではあるけど、これは夏物なの。着物ほど堅苦しくないし、涼しいから、楽に着ていられるわよ。」
「しかし……。」
あの時は、年輩の女性の着付け係がいたが、流石に今日は、そのような人物はいない。
着物など一度しか着た事のない俺に、どうやってこれを着ろというのか。
「大丈夫、浴衣なら私でも着付け出来るから。さ、早くシャワーを浴びてきてください、シュラさん。」
「お、おい、飛鳥……。」
「あ、下着は履いても良いけど、服は着ないでね。」
履いていても良いって事は、履かなくても良いのか?
などと、どうでも良いアホな事を考えている間に、シャワー室へと押し込められてしまった。
仕方ない。
諦めて、飛鳥に言われた通り、大人しくシャワーを浴びる。
全身に纏わり付いていたベットリとした汗を洗い流すと、モヤモヤとした気分も晴れてきた。
飛鳥の事だ。
俺にユカタとやらを着せようとするからには、それに合った趣向を凝らし、夏らしいスイーツでも用意しているのだろう。
今夜は、どんな極上スイーツが出てくるのか。
そう思うと、子供のようにワクワクとした胸の高鳴りまで覚えてしまう。
飛鳥の作る菓子は、いつだって、何だって、美味いのだ。
「……飛鳥。終わったぞ。」
「はいはーい。今、行きまーす。」
パタパタと軽い足音を立てて駆け寄ってきた飛鳥は、小さな顔いっぱいに満面の笑みを浮かべている。
だが、俺が目を見開いたのは、彼女の纏っていた衣装のためだった。
桜の城戸邸での着物姿と同じように緩やかに髪を結い上げ、いつもとは違う飛鳥の艶っぽい雰囲気。
サラリと着こなしたユカタは、確かに着物よりもラフな印象を受けた。
「……シュラ?」
「あ、いや、すまない。」
飛鳥のユカタ姿に目を奪われ、立ち尽くしたまま固まってしまった俺の顔を、怪訝そうな様子で覗き込む。
その仕草が、また妙に色っぽいのだ。
ハラリと揺れたサイドの髪すら、俺を誘うように匂い立つ。
勿論、飛鳥にその気は全くないのだろうが。
「もしかして、見惚れちゃった?」
「……もしかしなくても、そうだ。」
「ふふっ。嬉しいなぁ。」
「笑ってないで早くしろ。」
「はいはい、照れ屋の山羊さん。」
「っ……。」
俺が、つっけんどんな物言いの時は、照れ隠しをしている。
そんな事は、既に飛鳥にはバレている、今更だ。
だが、だからといって、どういう対応して良いかも分からず、俺は赤らむ顔をツンと背けた。
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