「デスマスク。貴様、飛鳥に近過ぎだ。もう一歩、左に寄れ。」
「ぁあ? 煩ぇよ、シュラ。」
「デスさん、手! 手を止めたら、鍋底が焦げ付いちゃう!」


近い、近過ぎる。
その距離では、腕を伸ばしさえすれば、飛鳥の肩を抱き寄せられるではないか。
今は、鍋に掛かりきりだが、火を止めてしまえば、もっとピッタリと寄り添える位置にいる。


「貴様の放つ不浄なオーラを、俺の飛鳥に浴びせるな。もっと離れろ。」
「なーにが、『俺の飛鳥』だ。色ボケ山羊が。文句があンなら、テメェがやりゃイイだろ? 俺だって好きで手伝ってンじゃねぇンだよ、あ?」
「俺は休みだと言っただろう。」
「俺だって休みだっつーの! 何回言わせンだ、ゴラ!」
「デスさん、手を止めないの!」


その休みを返上してまで、デスマスクがこの宮で飛鳥の仕事を手伝っている、いや、手伝いをさせられているのには、勿論、理由がある。
先程も言ったように、コイツの自業自得だ。
ある事でアテナの怒りを買い、その結果、ヤツに言い渡された罰則が、『飛鳥の仕事を手伝う事』だった。
そして、今日。
カミュの誕生日の祝いにと、アテナから依頼された大量の菓子を作る飛鳥の手伝いを、朝早くからしているという訳だ。


「貴様は飛鳥から一定の距離を保ちつつ、与えられた仕事をキビキビとこなせば良いのだ。分かったか、デスマスク。」
「分かるか、ンなモン!」
「もうっ! 喧嘩は良いから、ちゃんと仕事する! シュラも邪魔するなら追い出すわよ!」
「……スマン。」


追い出されてしまっては、デスマスクの監視が出来なくなってしまう。
それだけは駄目だ、それだけはマズい。
俺は大人しく口を噤み、食べ掛けのパンを口に頬張ると、残った紅茶でそれを一気に流し込んだ。
デスマスクがコチラを見て、フフンと鼻を鳴らしたのが気に食わないが、今は黙っているしかない。
キッチンから追い出されては困るのだ。
見ていろ、デスマスク。
後で必ず三枚に下ろしてくれる。


それから先、作業は順調に進んでいるように見えた。
デスマスクが鍋底に気を付け焦げ付かないよう手早く練った生地を、飛鳥が絞り袋に入れて小さな円形に絞り出し、それをオーブンで焼く。
先程から、その作業を延々と繰り返している。
俺は手元の本を捲る振りをして、二人の様子を伺っていた。
その距離が近付く度に、声を出してデスマスクに罵声を浴びせたくなるが、必死でその衝動を抑えて、気にしていない体を装って。
そうしないと、飛鳥に追い出されてしまうからだ。


パタパタと小さな足音。
飛鳥がオーブンを覗き込んでいる。
彼女がオーブンを開くと、ふわり、焼けた生地の良い香りが漂い、焼き立ての香ばしい匂いには、それまでイラついていた俺の心も、流石にワクワクと踊り出した。


「シュークリームか? 随分と小さいな。」
「うん。プロフィトロールにするつもりなの。色々なクリームやトッピングが楽しめるように。」
「プチシューねぇ。よくもまぁ、こンな手ぇの込んだモン、作ろうと思うよな。」
「デスさんが、お手伝いしてくれるって聞いたから。一人じゃ流石に大変で、普通にケーキを焼いていたかも。」


飛鳥が小さく肩を竦める。
デスマスクがフンと鼻を鳴らしたが、多分、照れ隠しだろう。
頼りにされていたと知って嬉しかったのだろうが、それを素直に受けるヤツではない。
フイッと横を向いているのが、ヤツらしい。





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