petit four的強引な贈り物



夕方。
自宮に帰り着くと、飛鳥はクッキーを摘まみながら、レシピ本をパラパラと捲っていた。
彼女が自分で焼いたのだろうヘーゼルナッツのクッキーか、美味そうだ。
いやいや、それよりも……。


「お帰り、シュラ〜。って、どうしたの? 怖い顔してるけど。」
「俺の顔が怖いのは、いつもの事だろう。」
「いつもよりも怖いから聞いてるんですけど?」


そう言って、眉を顰めた飛鳥は、手元のレシピ本をパタリと閉じた。
先日、日本を訪れた際に買い求めたレシピ本は、スペイン料理の特集がされているもの。
俺のためにと、日々、こうして努力するのが飛鳥の可愛いところだ。


「バレンタインに欲しいものはないか?」
「……欲しいもの?」
「いつも俺が貰ってばかりだからな。たまには、俺からの贈り物があっても良いだろ?」
「欲しいものかぁ……。」


食べ掛けのクッキーを紅茶の受け皿の端に置き、「う〜ん……。」と考え込む飛鳥。
そんな彼女の答えを待ちながら、俺もクッキーを一枚摘まむ。
うん、美味い。
ヘーゼルナッツの食感が絶妙だ。


「あぁ、そうだ。手を繋いでデートしたいとか、腕を組んで歩きたいとか、そういうのは無しだ。それと、レストランで食事とか、食べてなくなるものも無しだな。」
「ええっ?! それじゃあ、何も思い浮かばないよ?」
「ちゃんと形があって、後々まで残るものにしてくれ。」
「そう言われても……。」


飛鳥の眉間の皺が深くなる。
思い浮かばないものを、無理に思い浮かばせようと努力する顔。
しかし、何も浮かばなくて苦悩する顔。


「本当に物欲の無い女だな、お前は。」
「だって、私の生活は全てシュラが支えてくれているんだもの。言い換えれば、私の身の回りの全てのものが、シュラからの贈り物よね。」
「それは違うだろ。食事を作り、家事をし、俺の食う大量のスイーツまで作ってくれている。言い換えるなら、贈り物ではなく、相応の対価だ。」


それに飛鳥自身の稼ぎだって、ちゃんとある。
女神や他の黄金聖闘士達からの依頼があった場合は、報酬を貰って菓子を作っている。
彼女の身の回りの全てを、俺が養っている訳ではないのだ。


「う〜ん……。」
「それだけ考えても、何も浮かばないのか?」
「ごめん……。」
「ならば、こうしよう。指輪、ネックレス、ピアス。この中から、どれかを選べ。」


俺は、飛鳥の指先、鎖骨の間、耳朶と順に触れて、そう告げた。
決められないと言うのなら、こちらから提案すれば良い。
たまには飛鳥にプレゼントの一つでも渡せと、俺を叱咤したデスマスクが言っていた。
何も出ないようなら、こちらから選択肢を示してやれ、と。


「え、えっと……。指輪は作業の際に外さなきゃいけないから、無くしちゃうと困るし、ネックレスは肩凝りになるし……。」
「なら、ピアスだな。形はどうする?」
「あ、あの……、小振りで、耳朶に小さく収まるくらいので……。」
「ならば、ガーネットにするか。俺の誕生石だが。」
「え……?」


飛鳥自身の誕生石のピアスは、もう既に持っている。
付き合って直ぐに、俺が贈ったもの。
そうか……、マトモなプレゼントは、それ以来になるのか……。


「シュラの誕生石……。」
「嫌だったか?」
「そ、そんな事はないですよ。う、嬉しいです、はい……。」
「そうか、ならば決まりだな。」


身を乗り出して、飛鳥の頭をポンポンと叩く。
まるで子供みたいに頬を赤く染めた飛鳥は、その照れを誤魔化すかのように、食べ掛けのクッキーに噛り付きながら俯いたのだった。



強引でもプレゼントは嬉しいもの



(どうせなら、お揃いにする?)
(俺がピアス、か……。)
(に、似合わないかな?)
(似合わないだろうな。)



‐end‐





先日、ブログに載せた「蟹さまと山羊さまのくだらない会話」の直ぐ後の話です。
蟹さまに焚き付けられて、夢主さんにプレゼントを贈ろうとする山羊さま。
言われないと気付かない朴念仁なのですよ。
でも、そんな山羊さまが良いのですよw

2021.02.11



- 21/21 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -