petit four的甘いお返し



休みの日の午後。
腹が減ったが何もなく、どうしようかと迷った時に、頭に思い浮かんだのは目付きの頗る悪い腐れ縁の男の顔。
ヤツも今日は休みだった筈。
気が付けば、俺の足は十二宮の上に向かって階段を進んでいた。


「勝手知ったる何とやら〜、だな。お〜い、シュラ。居るか〜。」


辿り着いた磨羯宮。
鍵なんぞ掛けられていないプライベートな部屋に、遠慮の欠片もなくズカズカと上がり込む。
が、そこにヤツの姿はなく、だが、奥からは香ばしく甘ったるい匂いが漂ってきていた。
きっと飛鳥がケーキでも焼いてンだろう。
で、甘いもの好きのシュラは、その横に張り付いて、山羊の尻尾を振ってるンだろう。
そんな予想は呆気なく崩れ去った。
覗き込んだキッチンでは、鬼教官が出来の悪い生徒をビシバシとしごいている最中だった。


「そんなに入れちゃ駄目だって言ってるでしょ。少しずつ入れて、手早く混ぜる。その繰り返し。」
「面倒だ。」
「その面倒を省いちゃうと、味が落ちるの。フワフワで美味しいパウンドケーキを食べたいなら、労力を惜しまない事。」
「このくらいか?」
「そうそう。で、サックリと手早く混ぜて……。」


いつもとは全く逆の光景。
シュラがボウルの中身を掻き混ぜて、それを横から飛鳥が覗き込んでは、アレコレと口を出している。
何故にシュラが菓子作りを?
怪訝な目で眺めていた俺に気付いた飛鳥がニッコリ笑うと、「ホワイトデーのお返し作りなの。」と、粉を振り入れては混ぜる作業を繰り返しているシュラを指差した。


「ホワイトデー?」
「明日でしょう、ホワイトデー。チョコレートをくれた女の子達に、何もお返ししないって訳にもいかないから。」
「で、シュラをしごいて作らせてるってか?」
「私が作ったお菓子じゃ意味ないもの。」


話をしている間に、全てを混ぜ終えたシュラが、生地を型に流し入れていく。
一つ、二つ……、全部で三本分だ。
見れば、ケーキクーラーの上に焼き上がったパウンドケーキが、既に三本も並んでいた。
てか、多くねぇか、それ?


「オイ、六本も焼くのか?」
「二本はシュラのオヤツ分。残りの四本がお返し分ね。切り分けて二切れくらいずつかなぁ。」


一本で八切れくらいとして、四本だと三十二切れ。
て事は、少なくとも十五人分はある。
いやいやいや、多過ぎンだろ、それ。
オマエ、そんなに沢山、チョコレート貰ってたのか?
コブ付きのクセして?


おかしい……。
俺が貰ったチョコは三つだった。
しかも、一つはベテランの女官長(多分、黄金全員に上げている)から、一つはアテナの嬢ちゃん(聖域中の男全員に上げている)から。
この二つは百パーセント義理チョコ、ホワイトデーのお返しもいらないと言われている。
最後の一つは本気だろうが、相手は七歳の幼児。
いつも部屋の片付けを手伝いに来てくれる女官の娘だ。


「何故、こンなコブ付きムッツリスケベの甘党に、十五個もチョコが……。」
「お返しを返さなくても良い分を合わせたら、二十個はあったかな。ね、シュラ?」
「そうだな。お陰で暫くチョコレートには困らなかった、有難い事だ。」
「いや、有難い事だ、じゃねぇよ……。」


大真面目な顔をして予熱されたオーブンにケーキ型を放り込んでいくシュラの姿を眺めながら、言葉を失いそうになる俺。
何故、こんな男が無駄にモテるのか。
そもそも、告白したところで報われない相手に、何故、チョコを渡すのか。
正直、意味が分からな過ぎて、叫び出したくなる衝動を、何とか抑えた俺だった。



なンでコイツがモテてンだ?!



(黙っておこう。幼女のためにお返しのクッキーを焼いたって事は。)
(ん、どうした、デスマスク?)
(なンでもねぇよ、放っとけ。)
(お前も食うか、俺のケーキ。)
(いらん!)



‐end‐





ホワイトデーの前日なので、山羊さまにパウンドケーキを焼かせてみましたw
そして、彼女持ちのクセに異常にモテる山羊さまに、絶句して嫉妬する蟹さまを書きたかっただけとか言います、スミマセン;

2020.03.13



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