petit four的彼女をお迎え



ドアを開けると、モワッとした生温い風と共に、シャンプーやスタイリング剤などが入り混じった複雑な匂いが広がり、鼻の奥を突いた。
スタッフの目が一斉に俺へと向けられ、だが、手を止めたのは一瞬だけ。
直ぐに皆が再び手を動かし始め、奥に居た一番若いスタッフの女が慌てて俺へと駆け寄ってくる。


「いらっしゃいませ。あの……、ご予約は?」
「いや、すまん。客ではない。連れを迎えに来た。」
「そうでしたか。では、そちらの椅子に掛けて、お待ちください。」


そう言った彼女が店内を振り返ると同時、タイミング良くスタイリングチェアーから立ち上がった客が、俺が迎えに来た相手の飛鳥だった。
コチラを見てニコリと笑い、小さく手を振る。
俺は頷くだけに留めると、椅子には腰掛けずに、カウンターへと近付く。


「会計を頼む。」
「え? あ、はい。それでは……。」


会計をしている間、チラチラとコチラを窺うような視線を感じ、店内を見遣る。
店のスタッフ達は、その手を止めはしないものの、時折、視線を俺へと向けているようだった。
が、それ以上に気になったのは、バッグとコートを受け取った飛鳥が、何かを言いたげな視線で俺をジーッと見つめている事。


「……何だ?」
「カットしてもらったのは私なんだから、自分で払うつもりだったのに。」
「この程度、俺が払う。気にするな。」
「気にするなって言われても、気にするよ。」


飛鳥は小さく頬を膨らませたが、俺は片眉を上げただけでスルーした。
会計を終え、そのまま店を出ると、慌てて飛鳥も後を追ってくる。
歩きながら、お気に入りのファーティペットを首に巻く、その直ぐ上に、短くカットされた黒髪がフワフワと揺れている。


飛鳥は日本に戻ると必ず、美容室に行く。
当然、聖域の中にある美容室にも行っているが、自分の思っている通りのニュアンスが上手く伝わらず、不満が残る事が多いらしい。
だから、日本で美容室に行くと、ガッツリと短くカットしてもらうのが常だ。
聖域に戻った後、暫くは美容室に行かなくても良いように。


「そんなに短くしたら寒いだろ、首筋。」
「大丈夫。ちゃんとマフラーしてるでしょ。」
「コート、変えたのか?」
「だって、あれ着てたら、ウチの山羊さんが発情期に突入するんだもの。」


ピンク色のティペットは変わりないが、コートは白からグレーのコートに変わっていた。
その足元には、黒いロングスカートが覗いている。
先日のように、スイーツを思わせる美味そうな組み合わせではない。


「白の方が俺は好みだ。」
「はいはい、そうですか。」
「随分と、おざなりな返事だな。」
「スイーツ扱いされるのは嫌ですからねー。」


俺がスイーツ扱いをしてる訳ではない。
いつも飛鳥が甘い匂いを纏い、スイーツを彷彿とさせる姿をしているから、結果、そうなるのだ。
昨夜だって、そう。
淡いブルーのふんわりとした夜着を身に着けた飛鳥は、甘酸っぱいラムネ菓子のように、俺の心を擽った。


「だから、私はお菓子じゃありません。食べても美味しくないです。」
「いや、美味い。美味いから、今夜も食べたい。」
「食べなくて良いから。毎日、食べたら飽きちゃうかもよ。多少は我慢しましょう。」
「飽きる訳がない。我慢など無理な話だ。」


昨夜は、首筋の味見を避けられた。
美容室に行くのに、キスマークが残ったら困るから、と。
以前、それで恥ずかしい思いをしたからだろう。
だからこそ、今夜は手加減なく、思う存分に味わいたいのだ、彼女の全てを。


顰め面した飛鳥が、怒って俺の前を進んでいく。
少しだけ歩行速度を速めた俺は、追い着いた彼女の頭の上を見下ろし、その短くなった黒髪を少しだけ摘まんで引っ張った。



真夜中のお楽しみスイーツ



(な、何?)
(いつも以上に短くなったと思ってな。)
(変? 似合ってない?)
(いや、美味そうな事に変わりはない。)
(だから、美味しくないってば!)



‐end‐





彼女をモグモグする事しか考えていない山羊さまですw
サロンのスタッフは、山羊さまみたいな超絶イケメンが入店して来たら、そりゃあ吃驚してガン見しちゃいますよね!

2020.02.07



- 11/21 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -