petit four的残暑の涼



暑い……。
もう九月に入ったというのに、この暑さは何だ。
高地にある聖域でさえ、この暑さ。
アテネの市街へと下りたなら、一体、どのくらいの暑さが襲い掛かって来るのだろうかと、考えるだけでも滅入る程だ。


昼下がりの磨羯宮。
目の前では普段では不機嫌に程近い無表情を貼り付けているシュラが、眉間に皺を大きく寄せて、明らかに機嫌が悪い様子で苛々としている。
何事にもあまり動じないポーカーフェイスのシュラも、流石に、この暑さには辟易しているのか。
こうして顔を突き合わせての準備――、明日からの任務に備えての打ち合わせと情報整理は、先程から僅かも進んでいなかった。


「はいはい、少し休憩しましょう。」
「飛鳥……。」


助かった……、という意味合いを強く含めて彼女の名を呼んだ。
飛鳥の登場により、フッと和む部屋の空気に、俺もフウッと息を吐く。
彼女の手元で響く氷とグラスが奏でるカロンという音が耳に心地良く届き、ダラけて停滞する気分を引き上げてくれる気がした。


「そろそろ気分替えも必要でしょ? 身体に水分、脳に糖分。暑さに耐えるだけじゃ、良い考えは浮かばないってね。」
「ありがたい、飛鳥。丁度、冷たいものが欲しいと思っていたんだ。」
「……今日は何だ?」


飛鳥への感謝の言葉を述べる事もせず、視線は彼女の手元に釘付けで、その鋭い瞳をキラキラと輝かせるシュラ。
前言撤回、この男は無表情でもポーカーフェイスでもなかった。
シュラは欲望(特に甘いもの)に忠実で、自分を抑える事をしない男だった。
飛鳥が自分で手作りしたのだろう綺麗なレースのコースターの上に、冷たい緑茶のグラスを置いていく間も、そわそわと身体を小刻みに動かしている。
こうして見ていると『ストイックでクール』などという印象は微塵もないのだが、表向きの姿と、普段の生活の中の姿とが、こうも大きく違うというのは不思議だ。
本人は全く意識もしていない、公の場と私的な場での区別も特にしていないというのに。


「はい、どうぞ〜。冷たい冷たい水羊羹。」
「……水羊羹? 羊羹とは違うのか?」
「この暑い時に羊羹じゃ、もったりと濃いくて食べる気もしないでしょ。水羊羹は薄い餡子味のゼリーみたいな感じかな。まあまあ、取り敢えず食べてみて。」


餡子味と聞いて、怯む俺。
目の前のシュラは躊躇いもせず、水羊羹をパクついている。
せっせと手を動かしてスプーンを口に運び、あっという間にガラス容器の内側は空となった。


一方の俺はというと、水羊羹を少しだけ掬ったスプーンを恐る恐る口に含み、そろそろと味わう小心者だ。
が、それで正解だったと思う。
元々、餡子は余り得意ではない。
かなり薄くなっているとはいえ、この微妙な味、微妙な甘さ。
その微妙さのまま正直に顔を歪めると、横の飛鳥がクスリと笑い声を上げた。


「やっぱりアイオリアには無理だった?」
「すまん。やはり餡子は苦手のようで……。」
「なら、俺がもらおう。」


了承するまでもなく、目の前から奪われる水羊羹のガラス皿。
そして、瞬きの間にシュラの口の中へと消えていく水羊羹。
しかし、シュラは糖分の取り過ぎじゃないのか。
いくら薄味餡子とはいえ、甘いものに変わりはないだろう。


「もっと言って上げて。このままじゃ糖尿病まっしぐらだって。あ、はい、どーぞ。アイオリアにはコッチね。」
「……ゼリー?」
「梅ゼリーなの。これなら大丈夫でしょ?」


甘酸っぱい果物の味。
初めての味だが、これならば美味しく食べられる。
しかも、強くアルコールの味がするような……。


「そうなの。自家製梅酒を使って作ったから。梅ゼリーというより、梅酒ゼリーが正解かな。」
「飛鳥が漬けた梅酒は美味いぞ。ソーダで割ればジュース感覚で飲める。」
「ジュース感覚でお酒をバカ飲みしてはいけません、山羊さん。」


シュラの耳を摘んでギューッと引っ張る飛鳥。
そんなもの効かんとでも言いたげに片眉を上げるシュラ。
仲が良いというのは微笑ましいものだ。
俺も寛容で大らかで、そして、可愛らしい恋人を見つけたいものだなと、目の前のバカップルを眺めながら、茹だるような残暑の中で羨ましく思った。



甘酸っぱい恋味ゼリーをどうぞ



(ね。任務から戻ってきたら、梅酒でお月見しない?)
(俺も邪魔して良いのか?)
(是非是非、来て来て、アイオリア。)
(飛鳥、月見団子を忘れるなよ。)
(また甘いものか、シュラ……。)



‐end‐





月より、梅酒より、月見団子が楽しみな甘党山羊さまw
お世辞とか苦手そうなニャーくんは、苦手なものには正直に顔を顰めそうだなと思っていますよ。

2016.09.04



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