教皇宮の外、正面からは見えない裏側には、小さな庭がある。
俺はそこまで行くと、備え付けられたベンチに腰掛け、そのまま頭を抱えていた。
外の乾いた冷気が、肌に、身体に心地良い。
だが、俺の心はまだピリピリとしていて、その反動か、頭がズキズキと痛んだ。


――ったく、何だってンだ、一体?


頭を抱えたまま、数度、大きな深呼吸を繰り返す。
そうして、やっと少し気分が落ち着いてきたと思った、その時。
俯いた視線の先に、誰かの足が映った。
それは女の細い足首と、女官が履いている白く華奢な靴。
ハッとして顔を上げると、目の前にはあの女がいた。
眉を寄せ、身体を屈めて、俺の事を心配気に覗き込んでくる。


「大丈夫ですか、デスマスク様? 何処か、お加減でも悪いのですか?」


目が合った瞬間、俺は焦った。
物凄く焦った。
頭が酷く痛んでいたのなンか綺麗サッパリ忘れてしまうくらいに焦った。
だが、そんな心境をこの女に悟られる訳にはいかない。
俺は平静を装って、何事もないようにサラリと言い放ってみせた。


「……あぁ、ちょっとな。だが、別に大した事じゃねぇ、心配すんな。ちょっとした頭痛だ。」
「でも、お顔が大層、真っ青でしたよ? 本当に、平気なのですか?」
「大丈夫っつったら、大丈夫だ。心配性だな――。えっと……。」


そこまで言って、自分が未だこの女の名前を知らない事にハタと気付く。


やべぇ……。
何つー名前だったっけ、コイツ……。


俺自分が気になっている女だってのに、名前を知らねぇなんて。
咄嗟に目を走らせる。
すると、彼女が抱えていたファイルに小さく名前が入っているのが見えた。


「あぁ、その……、アイリーン?」


当たっているかは分からねぇ、取り敢えずはその名を言ってみる。
まあ、間違っていたとしても、誤魔化せるくれぇの自信はあったがな。


「デスマスク様、私の名前を覚えていてくださったんですね。嬉しいです。」
「お、おう。俺は女の名前は絶対に忘れねぇからな。」


俺の目の前で、パッと顔を輝かせた、その顔。
やべ、可愛いじゃねぇか。
本当は名前を覚えていなかった事。
間違ってもバレねぇよう、一生の秘密にしようと、俺は思った。


と、それまでベンチの横に立って俺の顔を覗き込んでいたアイリーンだったが、不意にスカートを翻し、俺の隣にヒラリと座る。
彼女が直ぐ隣に腰を下ろした瞬間、ふわりと甘い花の香りが鼻孔を擽り、俺は柄にもドキッとしてしまった。


「頭が痛むようでしたら、私、お薬、持ってます。」
「大丈夫だって、何回言わせりゃ気が済むンだよ。もう平気だ。」


抱えていた小さなバッグから、何やらゴソゴソと探し出したピルケースを、俺に向かって差し出すアイリーン。
だが、俺はその手を押し戻した。
実際、コイツの姿を見た途端、あれだけ俺を悩ましていた頭痛など、何処かに吹っ飛んじまった事だしな。


「でも、直ぐに、ぶり返すかもしれません。飲んでおいた方が良いです。」


それでも、アイリーンは頑固に言い張って、俺の手の中に薬を押し込む。
結局、根負けした俺は、渋々受け取ったそれを口の中に放り込んで、ゴクリと飲み込んだ。
まあ、こうやって世話を焼かれるのは悪い気はしねぇ。
それが証拠に、俺がちゃんと薬を飲み込んだのを見て安心したらしいアイリーンが、ホッと息を吐いたその顔に、ついつい心が和む。


「デスマスク様はこの聖域を支える大切な黄金聖闘士様です。どうぞ、お身体は大事にしてくださいね。」


真っ直ぐに目を合わせ、ジッと見つめられながら言われると、何だかドギマギと訳の分からねぇ音を立てだす俺の心臓。
だが、それをコイツに勘付かれちゃマズい。
俺はいつもの調子を保ちつつ、無関心なフリを装った。


「オマエなんざに言われなくても、分かってるっつの。」
「だったら良いのですが……。でも、気を付けてくださいね?」


スッと立ち上がったアイリーンは、俺に向かって小さく一礼をする。
そして、その場から去って行った。





- 2/4 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -