2.想起



その日以来だ。
あの女の事を、やたらと目で追う様になったのは。
視界に入る度に、この目が勝手に女の後を追いやがる。
もう一度、あの笑顔を見たいと、いつの間にやら無意識に思って見ている、そンな自分がいる。


否定したってダメだ。
何度、何回、否定しても、結局、俺の目はその女を追っているンだからな。
ったく、何だって、こンな事になっちまったんだか……。


元はと言えば、シュラとあの女の関係を探ろうとしてただけだってのに。
何がどうなってこうなったのか、自分があの女にどっぷりとハマっちまいやがった。
そんな俺の前を通り抜け、執務室を横切っていく金茶色の髪。
それをぼんやりと目で追ってしまう、厄介極まりない俺。


……しかし、まだ思い出せない。


一体、何処で見たンだ?
絶対、見覚えがある筈なのに、思い出せないってのはおかしい。
一度、見た女は死んでも忘れないってのが、俺の特技だったんだがな。
それすら上手く働かないとは、何がどうなっちまったんだか、考えてもサッパリだ。


心の中でだけ溜息を吐く俺の視界の中に、サガに書類を渡した女が、優雅に一礼をして戻っていく姿が映った。
そのまま、女が俺達のいる執務室から出て行こうとした、その時。
その手が開けようとしていた扉から、誰かが部屋へと入って来たのが見えた。


それはアイオリアだった。
どっしりと重たげな身体を揺らし、ドアから入ってきた姿を見て、その女は何故か、ちょっと動揺した様子でビクリと身体を揺らした後、直ぐに慌てて身を避け、道を譲る。
女官なら、誰もがそうする仕草に、アイオリアは何の反応も示さないが、アイツが横を通り過ぎるまで、ずっと頭を下げていた女は、何処か心の定まらぬ様子で縮こまっていた。


ん……?
オイ、これって、まさか……?


そう思い至った時には、逃げるように執務室を出て行く、あの女の後ろ姿が見えた。
小走りに廊下に出て、そのまま駆けて行ったンだろう、パタパタと廊下を走る足音が微かに聞こえている。


そうか、そういう事なのか……。
成る程、シュラは失恋覚悟で、あの女に迫っていたって事なンだな。
いや、待て。
つー事は、俺も、か?


途端にスッと血の気が退いて、俺は無意識に頭を抱えていた。


「おい、どうしたんだ、デスマスク? 大丈夫か?」
「いや、何でもねぇ。ちょっと、な……。」


頭を抱えた俺に気付き、サガが声を掛けてきた。
嫌な結論に達したせいで目眩がした、なンて間違っても言えねぇ。
まして、それが女絡みだとは……。


「頭痛か? 飲み過ぎで二日酔いにでもなったか?」


なンで俺が具合悪いと、勝手に飲み過ぎだと決め付けンだろうな、コイツ。
ちょっと、いや、かなりムカつくが、今の俺は言い返せる程に元気ではない。
面倒な問答は無用だと、フラフラした身体で立ち上がると、隣の席のアフロディーテが心配そうに見上げてきた。


「本当に大丈夫かい? 何やら今にも倒れそうに見えるが。」
「悪ぃ……。ちょっくら外の空気でも吸ってくるわ。少し休めば治るだろ……。」
「気を付けろよ?」


そのままドアへと向かって歩き出す俺の足取りは、そんなに危うかったのだろうか?
心配そうなサガの声が追ってきたが、特に返事をする気力もなく。
俺は黙って手を上げると、執務室のドアを開けて、その場を去った。





- 1/4 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -