9.憂鬱な幼児



このところアイラはずっと塞ぎ込んでいる。
いつものように人形遊びをしてたハズなのに、気付けば人形のアイラとシュラと、山羊のぬいぐるみを三体纏めてギューッと抱き締めてたりする。
口は『へ』の字に曲がり、幼児のクセに眉間に深い皺まで寄せてな。
そうこうしてる内に、人形もぬいぐるみも手離して、ソファーに座った俺の横によじ登ってくると、無言で腹にしがみ付いてくるのだ。
そして、暫くは顔も上げなくなる。


「アイラ。オイ、アイラ。」
「…………。」
「オヤツの時間だぞ。食わねぇのか?」
「…………。」


こうなっちまうと、オヤツという言葉でも機嫌は戻らねぇし、効果は全くない。
俺の胸に顔を埋めたまま、テコでも動かねぇンだから厄介だ。
これじゃ便所にも立てねぇし、外に煙草吸いにも行けねぇじゃねぇか。


「オマエの大事なアイラちゃんとシュラくんとやらが、床に放ったままだぞ。片付けねぇのか?」
「…………。」


アイラが憂鬱になってる原因は分かり切っている。
シュラだ。
ヤツが外地任務に出て、今日で一週間。
行った直後は空元気だったのか何だか知らねぇが、「ちゅらたまがかえってくるまでに、アイラ、もっとおっきくなるの!」とか言って、メシもモリモリ食ってたンだがな。
一週間が経った今は、食も細くなり、元気も全くない。
ワザと「大きくなンじゃなかったのかぁ?」と煽っても、返す気力もねぇみてぇで。
見事なまでの『シュラロス』に陥ってやがる。
……って、俺の時、パパロスの時よりもヒドくねぇか、これ?


――カタンッ。


廊下の向こうから、巨蟹宮の私室のドアが開かれる微かな音がした。
その瞬間、それまで絶対に動かなかったアイラが、目にも留まらぬ速さでソファーから飛び降り、入口に向かって走っていった、のだが……。


「……うわあああぁぁぁん!」


アイラがトテトテと廊下の向こうに消えて数秒。
謎の静けさの後に、けたたましく響いた泣き声。
シュラが帰って来たと思い込んで突進したのは良いものの、姿を現したのは別の誰かだったンだろう、多分。
喜び勇んで膨らんだ期待の分だけ、そのショックは相当にデカかった、と。


「デスマスク。アイラが……。」
「お〜、すまねぇ。悪ぃな。」
「うわあぁぁん!」


泣き喚くアイラを腕に抱き上げてリビングに入ってきたのは、激しく困り顔をしたカノンだった。
その手からアイラを受け取り、抱っこして背中をポンポンと叩いてやると、徐々にではあるが涙も泣き声も落ち着いてきた。


「俺の顔を見た数秒後に、いきなり泣き出してだな……。何が何だか……。」
「しゃあねぇわ。待ち人来ずってヤツでな。相当にガッカリしたンだろうぜ。」
「待ち人? 俺では駄目だったのか、アイラ?」
「だ、だって……。かのんたまは、ひっく、ちゅらたまじゃ、ひっく、ないんだもん……、ぐすん。」


アイラの涙混じりの言葉で、全てを理解したらしい。
カノンは苦い笑みを浮かべて、グリグリとアイラの頭を撫でるが、その効果は全くなかった。
それもこれも、今のアイラは、シュラじゃないと嬉しくないのだ。


「アイラ。お前にアイスを持ってきてやったんだぞ。大好きだろ?」
「……ちゅらたまが、ひっく、かえってくるまで、いらないの。ちゅたたまと、いっしょじゃないと、ひっく、たべないの、ぐすん。」
「オイ。シュラが帰ったら食う気満々なのかよ。」
「分かった分かった。冷凍庫に入れておくから、シュラが帰ったら、二人で食えよ。な?」
「かのんたま……。ありがとう、なの、ぐすっ……。」


とはいえ、今回のシュラの外地任務は長期の予定。
暫くは、アイラがグズり捲る日々が続くンだろうな。



‐end‐





ちょっと間が開きました、蟹娘ちゃんです。
自分が居ない時よりも、山羊さまが居ない時の方が蟹娘ちゃんの塞ぎ込み具合が激しいですが、気にしているとやっていられないので、そこは開き直っている蟹さまでしたw

2018.04.08



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