7.ロスはロスでも



「痛っ……。」


この俺とした事が、全くもって最悪だ。
一週間に及ぶ任務の最後の最後で、うっかりなンて言葉じゃ済まない程の大ボケをかまし、左腕に怪我を負ってしまった。
なンのために慎重に慎重を重ねて進めてきたんだか。
もう少しで聖域に帰れる、嫁さんと娘に会えるだなンて考えちまって、集中力が途切れてしまった。
その結果が、コレだ。
自分自身に呆れてモノも言えねぇわ。


「大丈夫か、デスマスク? 骨折か?」
「あぁ、ベキベキに折れちまってる。ま、この程度なら、癒しの小宇宙を当てときゃ数日で治ンだろ。」
「なら、良いが……。」


任務の報告を終え、執務室を出たところで、サガが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
今回の任務は急だったし、行かせたのは自分だからと責任を感じてンだろう。
が、怪我の原因は俺自身の不注意。
サガが気に病む事なンて何もねぇンだがな。


「あ、でちちゃまだ〜! でちちゃま〜! おかえりなさ〜い!」
「アイラ? なぁにやってンだ、こンなトコで?」


高く響く声に呼ばれて振り返ると、教皇宮の廊下を走り寄ってくる小さな姿が見えた。
短い足でベチベチと一所懸命、前へ前へ進んでいるが、なかなか近付いて来ねぇのは、やはり普通の四歳児。
だが、敢えてコチラからは近付かずに、根気強く俺の元まで辿り着くのを待った。


「あのね、りあにったまときたの。りあにったまが、ほーこーしょ? もってきたの。だから、いっしょにおさんぽしてるの。」
「ほーこーしょ? あぁ、報告書か。俺も後で書かねぇとな。」
「急がずとも良いぞ。お前は、まず怪我の治療が優先だ。」


身を屈めてアイラの頭を撫でた後、自分の髪をバリバリと掻き毟る。
それを目を丸くして暫く眺めていたアイラだったが、おもむろに腕をニュッと伸ばして、俺に向かってワシワシと振った。


「ん、なした?」
「でちちゃま、だっこぉ。」
「あぁ? 抱っこだぁ?」
「アイラ。デスマスクは今、腕を怪我している。抱っこなら私がして上げよう。」


だが、ブンブン首を振ったアイラは、サガの方は見ようともしない。
俺の方へと腕を伸ばせるだけ伸ばし、最後には背伸びまでして俺に抱っこしてもらおうとしている。


「だっこ、だっこ。でちちゃま、だっこぉ。」
「アイラ、駄目だと言っているだろう。ほら、こっちへ来なさい。」
「やだぁ。でちちゃまがだっこしてぇ。」
「あ〜、分かった、分かった。ほら、コッチに乗れ。左腕は怪我してっから、コッチだ。」
「わ〜い、でちちゃま〜。」


無事な右腕で小さな身体を掬い上げると、嬉しそうに首にしがみ付いて、頬を擦り寄せてくるアイラ。
なんつー幸せだ、これは?
左腕が痛いとか、骨が折れてるとか、正直、どうでも良くなるわ。
アイラがいれば、十分過ぎる。


「本当に大丈夫か、デスマスク?」
「平気、平気。軽いし、ちっけーし、問題ねぇよ。長期の任務から帰ったら、いつもこうでな。パパロスっつーの? 長く留守にすると、寂しくなっちまうンだよ。」
「なる程、パパロスか。まだ四歳だからな。」


そンな俺等の会話を聞いて、それまでギュッとしがみ付いていたアイラが、俺の頬から顔を離した。
そして、俺の顔をジーッと見、それからサガの顔を見て、また俺の顔を見る。
キョトンとした目をしたままで。


「ちがうよ。アイラのパパは、ろすにったまじゃないの。アイラのパパは、でちちゃまなの。」
「……は?」
「は、はははっ。なる程、パパロスね。イイかぁ、アイラ。ロスはロスでも、今のは『寂しい』っつー意味だ。パパが居なくて寂しいって事。分かったか?」
「じゃあ、ろすにったまは、さみしいにったまなの?」


ブフッと噴き出す俺、眉間を押さえて苦い顔をするサガ。
いやいや、こりゃ面白ぇな。
寂しい兄さん、ね。
子供の勘違いってのは楽しいモンだ。


「そうそう。アレは女はいねぇし、アイラには嫌われてるしで、超寂しい男だ。間違いねぇ。」
「お、おい、デスマスク……。」
「ろすにったまは、さみしいにったまなの。アイラがなでなでしてあげるの。」
「いらねぇ、いらねぇ。撫で撫でなンてしたら、寂しいのが感染っちまうぞ。」
「え〜、やだ〜。」


二人でキャッキャとふざけ合っている横で、サガだけが一人慌てふためいている。
ちっせぇ子供の言う事と、悪ノリしてるだけの俺の言葉なンざ、本気に受け取ってどうすンだか。
ま、アワアワしてるサガってのも物珍しいし、もうちっとだけ悪ふざけを続けてみるか。



‐end‐





蟹パパに抱っこを強請る娘ちゃんを書きたかっただけとか言います。
あと、その横でアワアワするサガ様も、ね。

2018.01.18



- 7/19 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -