6.頼み事は自分で



新年を迎えた直後の聖域は、暖かい風が柔らかに吹き抜けていた。
腕に抱いた愛娘は、短い腕を目一杯に伸ばして俺の首にしがみ付き、髪を揺らす穏やかな風に目を細めている。


「でちちゃま。アイラ、おりる、おりる。」
「分かった、分かった。今、下ろしてやっから、暴れンな。」


目的の場所が視界に捉えられるトコまで来ると、急に腕の中のアイラがバタバタと暴れ始めた。
十二宮を下る途中、本当は下り切るまで俺が連れて行きてぇってのが本音だが、アイリーンの教育方針には逆らえねぇのが、父親の情けねぇところ。
甘やかさずに、歩ける程度の距離ならば、自分の足で歩かせる。
アイラ自身も、その教えをしっかり守り、こうして目的地までの少ない階段を、自分で下りようとしているのだ。


「んしょ、んしょ……。」
「気ぃ付けろよぉ。慌てねぇで、ゆっくり下りろ。」
「だいじょうーぶなの。アイラ、ちゃんとおりれるの。」


数段先に下り、下からアイラを見守る俺。
短い足でヨタヨタと階段を下りるアイラを、ハラハラしながらも優しく下り切るまで我慢強く誘導する。
そして、到着した第一番目の宮。
静まり返った宮内を、アイラの手を引いて進んだ。


「よぉ、ムウ。邪魔するぜ。」
「むったま、こんにちは。」
「おや、アイラ。それとデスマスク。珍しいですね、白羊宮まで下りて来るとは。」


俺はオマケかよ。
まぁ、イイ、今はアイラだ。


「ほら、アイラ。ムウに頼み事があンじゃなかったのか?」
「アイラが頼み事? 何でしょう?」
「えっとね……。むったまにね……。」


いつもなら物怖じ一つしないアイラが、急にモジモジとして目を伏せる。
その低い身長に合わせて屈み込んだムウと俺を交互に見て、それから何か言いたげに、アイラは俺の事をジーッと見上げた。
ダメだ、ダメだ。
甘えた目をして俺を見たってダメだっての。


「ちゃんと約束したろ、自分で言うって。」
「う、うん……。あのね、むったま。」
「はい、何でしょう、アイラ?」
「ベンチを、ちゅくってください。アイラちゃんとちゅらくんが、いっしょにすわれるべんち、ちゅくってほしいです。おねがいします。」
「ベンチ……、ですか?」


お〜、良く言えた、良く言えた。
お願い事がある時は、ちゃんと自分で言えって、ママに口が酸っぱくなる程、言われてるもンな。


「着せ替え人形を座らせるベンチだ。今の椅子じゃ、一体ずつしか座れねぇからな。」
「デートのとき、いっしょにすわれないとさみしいの。だから、ベンチをちゅくってください。おねがいしますなの。」
「そうですか……。」


アイラは両手の拳をギュッと握って力説しながら、ムウを必死な顔して見上げている。
それに対し、ムウはニコッといつもの胡散臭い笑みで返すが、その反瞬後には、厳しい視線で俺の方へと振り返った。


「デスマスク。そのくらいなら自分で作れるのではないですか? 器用な貴方なら。」
「まぁな。だが、ダメなンだよ。止められてる。」
「禁止されたのですか? 誰に?」
「アイリーンに決まってンだろ。アイツ、中々に厳しいンでね。何でも作れるからって簡単に作っちまうと、それが当然になるからダメだってな。」
「なる程。甘やかさないように、という訳ですか。」


そゆこと。
何でも与えられては我が儘に育っちまうってのが、アイリーンの口癖。
必要な時には、自分から人に頼めるように。
そして、時には諦める事も出来るように。
それがアイリーンの教育方針。


「むったま、これ……。」
「これは?」
「ふわふわのココナッツケーキなの。ママがちゅくってくれたの。アイラもラッピング、おてつだいしたの。」
「私が食べても良いのですか?」
「うん。むったまに、たべてほしいの。」
「分かりました。それじゃ、このお礼にベンチを作りましょう。」


そうそう、お願いだけじゃダメ。
手土産が大切って事も、大事な学習な。



‐end‐





お人形さん達に、どうしてもベンチデートでラブラブさせたかった娘ちゃん。
蟹さまとしては自分で作って上げたいんだけど(その方が後々面倒が少ないので)、奥さんに厳し〜く止められている悲しきパパなのでした。
本当は簡単に作ってみせて、娘ちゃんに「でちちゃま、すごい!」ってキラキラお目々で言われたいのにね。

2018.01.08



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