肩が軽くなった。
楽に息が出来る。
苦しかった呼吸も戻り、張り詰めた緊張の糸も緩んで、身体も心もふわりと軽くなっていく感覚。
アイオロスの圧力と、俺自身が抱え込んでた余計な圧迫がなくなり、何もかもが自由になったようだった。


「話、聞かせてくれないか?」
「おう。ココじゃ何だし、あっちでどうだ? コーヒーでも飲みながら、な。」


食事を終えた皆を促し、重要な話をするには不向きなダイニングから、ゆっくり寛げるリビングへと移動する。
手早く淹れたコーヒーを運んでいくと、ソファーにアイオロスとアイオリアが並んで座っていた。
その向かい側に、アイリーンとシュラがいる。
俺は当然、彼女の隣に腰を下ろす。
コーヒーを啜る間の、僅かばかりの沈黙。


俺の横で小さくなって座っているアイリーンは、未だ俯いたままだ。
俺は安心させるように優しく、その華奢な肩を抱き寄せた。
僅かにビクリと身体を揺らした後、赤い唇からホッと小さな息が漏れる。
どうやら、少し落ち着いてきた様子ではある。


俺が顔を上げると、アイオロスと目が合った。
おそらく、これから話す内容の大部分を既に理解しているだろうアイオロスは、暖かい瞳でアイリーンを見守っているように見えた。
ただ、その横でアイオリアだけは、未だ頭の上に疑問符を浮かべているような状態だ。
一体、何事なのかと、眉間に皺を寄せている。


「シュラ、頼むわ。」


そう言って俺が目配せをすると、シュラはおもむろにアイリーンの過去について話し始めた。
彼女との出逢いから、聖域に来るまでの事。
そして、それからの事。
彼女とコイツ等との関係。
全てを包み隠さず、何もかもを話し聞かせた。


「本当なのか? 俺の……、妹だと? アイリーンが?」


信じられないといった面持ちで、アイリーンを凝視するアイオリア。
俄かにその様な話をされても、そう簡単には受け入れられるものではない。
寝耳に水とは、こういう事だ。
母親の違う妹がいたなどと、コイツは夢にも思った事はないだろうからな。


立ち上がったアイオリアが、俺達を隔ていていたテーブルをグルリと回って、ゆっくりとコチラに近付いた。
そして、俺の腕の中で俯いたまま顔を伏せているアイリーンの前に屈むと、膝の上で硬く握り締めていた彼女の手を取った。


「アイリーン、顔を上げてくれないか?」


ビクリと大きくアイリーンの身体に震えが走る。
その戸惑いの強さをハッキリと感じ取った俺は、肩に回していた手でポンポンと軽く叩いてやった。
安心させるように、大丈夫だと言い聞かせるように。
それに応えて、オズオズと上がる顔。
戸惑い怯えながらも、ゆっくりと合わせる視線。


「そうか……。あの時――、兄さんを失って、辛く苦しい思いをしたのは俺だけだと思っていたが、こんな近くにいたのだな。同じ苦しみを、同じ思いを抱えていた人が……。」


あの時……。
それはアイオロスが逆賊となり、聖域からその存在が抹消された、あの日の事。
そして、それからの十三年という長く苦しい年月の重く痛い記憶。


「こんなに傍にいながら、ずっと気付いてやれなかった……。すまない、アイリーン。」
「そんな! 頭を上げてください、アイオリア様! 貴方に謝っていただくような事など、何も……。」


アイリーンの小さな手を取ったまま、深々と頭を下げるアイオリア。
その行為を目の前にして焦る彼女に、ゆっくりと顔を上げたアイオリアの瞳には、アイオロスと同じくらい優しく暖かい光が浮かんでいた。


「アイオリア『様』じゃないだろう? 敬称などいらん。俺は君の『兄』だ。違うか?」
「っ?!」


ハッと息を呑む音が響く。
次の瞬間、俺の腕の中からアイリーンを奪ったアイオリアは、強く強く彼女を抱き締めていた。





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