そンな複雑極まりない書庫の中、迷わないよう気を付けながら、俺は現在係わっている任務に必要な資料を探して歩いていた。
その時だ。
ある棚の角を曲がって、奥の棚へと向かおうとした瞬間。


「……何故だ? 今ならもう何も問題もないというのに……。」


密やかに囁かれる低い男の声。
耳の良い俺は、その声を聞き取って、咄嗟に気配を消した。
確か、この角の奥には、人が一人入れる位の細い隙間がある。
例によって、無理な増築の際に出来てしまった意味のないデッドスペースだ。
男と女が密かに言葉を交わし、キスをしたりするのに絶好の場所。
そこに誰かがいて、声を潜めて話しているようだった。


上から目線の話し方、口振りからして、一人ではないな。
隙間を塞ぐように立っている男の奥に、もう一人誰かがいて、その男に引き留められているようだが……。
それにしても、この声、何処かで聞き覚えがある。
俺はホンの少しだけ角から顔を出し、その隙間にいる人物を覗き見た。


――っ?! あれはシュラ、か?


俺の目に映った後ろ姿は、特徴のある逆立った短い黒髪と、普通の男に比べれば遥かに広い背中、肩幅。
それにあの長身と、真っ直ぐにピシッと立つ姿勢。
ありゃ、シュラで間違いない。
どうりで聞き覚えのある声の筈だ、長年、共に苦難の道を歩んできた悪友だからな。
しっかしアイツ、こんなトコで、何やってンだ?


「でも、やっぱり私は……。」


消え入りそうな女の声が、微かに聞こえてきた。
つまりは今、シュラが塞いでいるあの窪みにいるのは、女だって事か。


「躊躇する必要など何処にある? 何度も言っているが、もう問題はないのだぞ。」
「ですが……。」


シュラの一方的な押しの言葉に対して、女の返事は一向に煮え切らない。
平行線の遣り取りが続き、覗き見ているコッチの方が苛立ってくる。
そンな典型的な男と女の一幕。


つーか、シュラのヤツ。
こんな人目に触れるかも知れねぇ危ない場所で、強引に女に迫るなんて、何を考えてンだか。
いやそれよりも。
シュラに、あんなに真剣になって迫る程、想う女がいたなんて知らなかった。
あの野郎……、俺の知らないところで、結構、飛ばしてやがったンだな。
そうして身を潜めて見ているうちに、女の方が話を終わらせた。


「ごめんなさい、シュラ様。もう、仕事に戻ります。」
「おい、待て。話が……。」


シュラの体を押し退け、女は空いたその隙間から、少し強引に抜け出して、窪みから出てくる。
俺は咄嗟に棚の向こうへと身を隠し、気配を絶って、女が通り過ぎるのをやり過ごした。





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