6.思惑



アイリーンが、この巨蟹宮に暮らし始めて数週間。
彼女はあっという間に馴染み、もうずっと前から、この宮で暮らしてンじゃないのかとも思えるくらいに、ココにいて当たり前の存在になっている。
元は従者だっただけあって、宮の仕事は何でも出来るのには大いに助かった。
家事全般、料理も掃除も洗濯も、何から何までソツなくこなし、面倒な宮費の管理もキッチリとしてくれる。
この宮の暮らし向き、生計維持管理については全て、安心してアイリーンに任せる事が出来た。


俺は女との経験も豊富な方だ。
恋とか愛とやらも、それなりに幾つか越えてきたつもりだ。
が、たった一人の女にコレ程まで執着し、ましてや、一緒に暮らしてぇとまで思った事は、一度たりともなかった。
正直、女となンか暮らした日には、面倒事が増えるだけ。
良い事なんざ何一つありはしないと、そう思ってた。
女にアレコレ細々と口煩く言われるのもウザいし、何より、別れる時がな。
ただの恋人なら、適当に言い包めて、「はい、サヨナラ。」で済むが、一緒に暮らしちまったら、それこそ面倒極まりない。
女ってのは自己中な生き物だ。
ソイツが、分かりましたと言って、素直に出てってくれるとは到底思えねぇ。
だから、同棲なんざしたいと思った事もなかった。


だが、今は違う。


アイリーンがココにいる日常が、俺にとっては当然になっている。
彼女が傍からいなくなる時の事など、今じゃ考えられねぇ。
ずっとココで暮らし、二人で一緒にいて、共に幾千もの夜を越え、共に朝を迎える。
俺の中で、そういう未来が確固として決まっていて、多分、これからもその気持ちは変わらないだろう。


たった一人の女に固執するなんて、昔の俺を思えば、とてもじゃねぇが考えも付かない事だがな。
それでも、そんな今の自分が嫌ではない。
寧ろ、この安定した心の落ち着きに、信じられないくらいの居心地の良ささえ感じている。


ふと、思った。
いっその事、この身を固めちまって、たった一人の女を死ぬまで愛し続ける。
そんな将来も悪くないかもな。
ソコに彼女が待っているのなら、どンなに過酷で辛い任務だろうと、軽々と乗り越えられるような気がする。
生きてアイリーンの元へ帰るのだと思えば、何だって出来そうだ。
それが慈善活動だろうと、孤児のガキ共との触れ合いなンとやらだろうとな。


ったく、随分と変わったよな、俺も……。


邪悪こそが俺の根っからの性分じゃなかったのかよ?
『力こそ正義』は、何処へ消え去った?


苦笑いを浮かべて、サイドテーブルに置いてあった煙草に手を伸ばした。
穏やかに満ち足りた気持ちを反芻しながら、煙草を咥え、火を点ける。
部屋に蔓延する白い煙をぼんやりと眺めつつ、自分自身の変化を、心の中で噛み締めていた。





- 1/5 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -