腹黒彼氏と困惑彼女@



「どうしたのです、アルクス? そんな憂鬱そうな顔をして。」
「あ、ミーノス様……。」


それはパンドラ様のお部屋から退室し、廊下を歩いている時の事だった。
俯き気味にトボトボと歩を進めていた私は、誰もいないから良いかと思って大きな溜息を吐いたところ。
その瞬間を、何処からか突然に現れた彼に、バッチリと見咎められてしまった。


「また、随分と大きな溜息ですねぇ。貴女に、そんな浮かない顔は似合いませんよ、アルクス。」
「はぁ……。」


そう言われても、自分ではどうしようもない。
この気の重さは、私の仕事に関するものなのだから、仕方がないというもの。
だから、肩を竦めるくらいしか出来なくて、何も言い返せないまま、背の高い彼を黙って見上げる。


「誰かに何かされたのですか? もし貴女に何か嫌な事をした人がいるというのなら、私が縛って吊し上げ、徹底的に再調教を――。」
「止めてください、そういう事は……。」


私は渋々、彼に事情を話した。
ミーノス様の勝手な思い込みだけで、全く関係のない誰かが被害に遭うのだけは避けなければ。
この人の口から出る言葉は、冗談のようで冗談ではなく、本当にそうしかねないから恐ろしい。


「……という訳で、次の土曜日には地上に行かなければならないんです。パンドラ様のお供で。」
「パーティーですか。しかし、アルクスは確か、人が大勢集まる場所は苦手でしたよね? そういう仕事はしないと、パンドラ様とも約束をされていた筈でしょう?」
「えぇ。でも、パンドラ様がどうしても一緒に来て欲しいと……。だから、憂鬱なんです。」
「パンドラ様の我が侭も、時折、酷く困りモノです。」


そう言って、彼は顎に指を掛けて暫く考え込んだ後、不意にニイッと口元を歪めて微笑んでみせた。
その笑顔、確実に何かを企んでいるようにしかみえなくて、非常にとってもかなり怖いんですが、ミーノス様。
今回は一体、どんな悪さを思い付いたのですか?


「では、アルクス。今から私と地上に行きましょう。」
「……は?」
「貴女、確かパーティードレスを持っていなかったでしょう? 今から私と選びに行くんですよ。あ、勿論、パーティーには私も出席します。アルクスを一人、飢えた狼共のいる地上になど送り出す気は毛頭ありませんから。」
「で、でも、ミーノス様には他にお仕事が……。パンドラ様も何と仰るか……。」
「その辺は何とでもなります。頭の足りない能無し共を丸め込んで、私の代わりに仕事をさせるくらい、実に簡単ですからね。」


大体、貴女を一人で地上に向かわせたとなれば、私は仕事など手に付きませんよ。
そう言い放った彼の言葉、それは愛されているのだと思えば嬉しいのだけど。
でも、ラダマンティス様達の苦労を思えば、またも大きな溜息が零れそうになるばかりだった。


「あぁ、そこのキミ。良いところに来てくれました。ちょっと手を貸してくれませんか?」


ミーノス様が呼び止めたのは、そこに偶然、通り掛った冥闘士の一人、バジリスクのシルフィード様。
可哀想に、これからどんな厄介事を押し付けられるかも知らずに走り寄ってくる。


「どうされたんですか、ミーノス様?」
「実は、アルクスの体調が良くないので、今から地上に行こうと思っているのです。申し訳ありませんが、この仕事を代わりに処理しておいてください。」
「え、でも、医者なら冥界にもいますよ。わざわざ地上に行く必要は……。」


当然の疑問、ごもっともです。
相変わらず嘘に無理があると言うか、無理矢理な理屈でゴリ押しと言うか、その笑顔で、その圧力。
怖いです、やっぱり怖いです、恋人の私ですら怖いです。


「ココにはない薬が必要なんですよ。アルクスは特殊な持病持ちなんです。」
「え、そうなんですか?! だったら、早く連れて行かなきゃ!」


いやいやいや!
人を勝手に、そんな奇妙な病気持ちに仕立て上げないでください、ミーノス様!
ただただ自分の都合で地上に行きたいがために、そんな嘘をサラッと吐いて、騙してしまうなんて。
この人は本当に手が付けられません……。


「では、後を頼みましたよ、シルフィード。」
「はい、お気を付けて。」


そんなこんなで、あっと言う間に彼に抱き上げられ、疾風の速さで移動して。
気が付いたら、そこは光に満ちた地上世界。
嘘を吐いてサボった挙句、同僚の部下に仕事を押し付けた罪悪感など微塵も感じていないのか、ミーノス様は至ってご機嫌な様子でショッピングを開始する。
私なんて、戻った後の事が気になって、ショッピングにも、ドレス選びにも、全然、集中出来ないというのに、この人は、どうしてこうも平然としていられるのかしら?


「やはりアルクスはブルーが一番似合いますね。デザインはこちらの方が好きですが、胸元が開き過ぎていて気になります。」
「私もこっちが好きですけど、ミーノス様は嫌なのですか?」
「私だけなら兎も角、他の人の目にも触れますから。露出は多くない方が、私としては好ましいですね。」


そう言って、ミーノス様が選んだのはフレンチスリーブの、どちらかと言えば可愛らしいデザインのドレス。
彼の好みからすれば、もっとシックで大人っぽいラインのドレスを選びそうなものだけど、肌の露出加減を考えると、確かにこれが良いのかも。


「似合ってますよ、アルクス、とっても。本当に素敵です。」


彼が笑ってくれるのは嬉しい。
だけど、こういう邪気のない笑顔じゃなくて、先程みたいな何かを企む笑顔は、出来るだけ勘弁していただきたいものです。
だって、ほら――。


「ミーノス様、ミーノス様っ! 彼女が病気だなんて嘘、幾らなんでも酷いじゃないですか! お陰で俺は今日一日、大変だったんですから! ちょっと、聞いてるんですか、ミーノス様!」


彼の自分勝手な行動に振り回されて、大変な目に遭う人が続出してるのですから……。



勝手に騙された方が悪いんですよ



‐end‐



→Aへつづく


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