地獄の片隅で物ぐさを



決して仕事に忙殺されていたとか、忙し過ぎて休む間もなかったとか、そんな訳ではない。
ただジワリジワリと溜まっていた疲労が身体と心に残っていたのだろう。
どうにもボンヤリとしたい時間が欲しくなり、私は第七獄の方へとフラフラと向かっていた。


「……何をしているのです、アルクス? このようなところで。」
「あ……。」
「ボンヤリして、考え事ですか? それとも悩み事でもあるのですか?」


五の壕の横の斜面に座り込んでいた私を、道の上から見下ろしていたのはミーノス様だった。
彼は真っ直ぐに私の方へ下りてきて、ドサリと横に腰を下ろす。
そこ、綺麗じゃないですよ、お召し物が汚れますよ。
そう伝えると、フッと皮肉な笑みを浮かべ、「私は冥衣を着ていますから平気です。」と、見事に一刀両断された。
そうか、寧ろ私のスカートの方が、汚れが付着し易いのか。
黒いスカートだから大丈夫かと思っていたけれど、よくよく考えてみたら、埃で白くなってしまうと余計に目立つかも。


「考え事でも、悩み事でもないです。ただボーッとしたかっただけで。」
「ボーッとするために、こんな陰惨な地獄の横に座り込む女性など、見た事も聞いた事もないですよ。」


目の前にこんな景色が広がっていたんじゃ、ボーッとする気も失せるでしょう、普通は。
呆れ声でそう言ったミーノス様の横顔を見て、それから目の前で繰り広げられている地獄の光景を見て、私は小さく肩を竦めた。
グツグツと煮え滾るタールの池と、その中を嬉々として槍で突っ付く悪魔達の姿は、ボンヤリと眺めるのに最適だと思ったのだけど、どうやらそれは普通の女の子の感覚とは掛け離れているらしい。


「変わっていますね、貴女は。普通は第二獄の花畑にでも行くでしょうに。あそこは、この陰鬱で暗い冥界で唯一の美しい場所なんですから。綺麗な花を見ていると癒されますよ。」
「でも、花が風に揺れているだけですもの、つまらないでしょう?」
「つまらなくても良いじゃないですか。どうせボーッとするのなら。」


本当に変わった子ですね、アルクスは。
言いながらミーノス様は、私の頭をポンポンと叩くように撫でた。
おや?
もしや、彼は私が落ち込んでいるとでも思ったのだろうか。


「違うのですか? ボーッとしたいだなんて言うから、てっきり気持ちが沈んでいるのかと思いました。」
「落ち込んでいるのではなく、何となぁく疲れているだけです。ホント何となくですけれど。」
「心配して損しました。」


私の頭に乗せられていた彼の手は肩へと落ち、そのままそこに留め置かれている。
思ったよりも大きい手だなぁ。
もっと細く柔らかな手を想像していたけど、ミーノス様の手は他の男性の手と変わらずにゴツゴツしていて大きい。
それはそうよね、彼は冥闘士なんだもの、大きくて強い手をしていて当然。


「罪人が悪魔に突っ付かれる様子を見て疲れを癒そうだなんて、アルクス。貴女、相当なSですね。」
「あの……。ミーノス様にだけは言われたくないのですが、その台詞。」
「それは、私こそがSだという意味ですか?」


答え難さもあって私は黙っていたのだが、それを肯定と受け取ったらしい。
ミーノス様は「失敬な。」と零したが、その口元には笑みが浮かんでいる。
本気で怒っている訳ではない、冗談を交えた言葉遊びだとでも受け取ったようだった。





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