20.足りない



ライトを小さく落とした薄暗い部屋の中に、クスクスと響く微かな笑い声。
だが、俺達の目の前でチカチカと場面展開している映画は、正直、少しも面白くない代物だった。
一時間程前まで居座っていた悪友共が立ち去り際、デスマスクが何かの音楽CDを、そして、アフロディーテがこの映画を置いていったのだ。
折角だからと見始めたのは良いが、全くもって面白くない。
が、既に、ある程度のアルコールを摂取して上機嫌な鮎香は、映画などそっちのけで楽しそうに笑い、俺もそれに釣られて気分良く酒を煽っていた。


「……鮎香、寝ているのか?」
「ん? 寝てないわよ。」
「動かなくなったから、寝てるのかと思った。」
「ラストくらいは、ちゃんと見ようと思って。ふふっ。」


映画も終わりに近付き、俺の肩にもたれて動かなくなってしまった鮎香は、どうやらココにきて真剣に映画を鑑賞しようという気になったらしい。
しかし、間を全部すっ飛ばし、最後だけ見たところで、意味も分からないと思うのだが。
そう思いつつも、俺も彼女に倣って、最後まで真剣に画面を眺めた。


「しかし、クソ面白くない映画だったな。」
「そう、ねぇ……。」


エンドロールが流れ出し、俺は手近にあった酒瓶を口に運んで傾けつつ、横目で隣の鮎香を見遣った。
男の俺からすれば、面白さの欠片もない作品だと思えたのだが、もしかしたら、女にとっては良い作品だったのかもしれない。
少しだけ頭を傾けて、エンドロールを眺め続ける鮎香の様子に、不意に、そんな事を思う。
主人公の男が、脇役の男から女を奪い取って逃げるラストは、今も昔も変わらない、女が好む王道テーマそのものだ。


「鮎香は好きだったか、この映画?」
「……ううん、あまり好きじゃないわ。あの主人公の男の人、あまりにも独り善がりで。」


そうなのだ。
あの主人公は、相手の女の事も、友である脇役の男の事も考えず、自分勝手に皆を振り回した挙げ句、最後は女の気持ちも確かめずに、自分の都合だけで奪って逃げた、唯のお騒がせ人にしか見えない。
そこが、どうにも気に食わない。
アフロディーテは何を思って、こんな映画を俺達に勧めたのか。


「もしシュラなら、あの場面で、どうしていたと思う?」
「そうだな……。俺なら、あの生意気な主人公を海に突き落とし、女を自分のものにするだろうな。」
「やだ、シュラ。それじゃ脇役の気持ちになっているじゃないの。」
「仕方ないな。あの主人公では到底、自分を投影出来そうにない。」


女が鮎香だと思えば、余計に、あんな自己中男には渡せない。
彼女の将来を思えば、死に物狂いで阻止しようとするだろう。
どんな手段を使ってでも。


「鮎香なら、どんなラストを望む?」
「そうね……。やっぱり主人公の男の人を海に突き落として、脇役の彼と逃げる、かな。」
「なんだ。結局、そうなるのか。」
「だって、あの主人公じゃ、一緒に逃げたいとは思えないのだもの。」


エンドロールも全て終わって、ディスクを取り出した鮎香が、大きく肩を竦める。
男から見て魅力のない男は、女から見ても魅力のない男なのだろう。
いや、こういう映画が存在しているという事は、これが素敵だと思う者もいる訳で。
この場合は、俺と鮎香の感性が同じだった、そう言った方が正しいのか。





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