「鮎香……。何故、普通に起こしてくれなかった?」
「怒っているの?」
「当然だ。」


ひとしきり慌てて、ひとしきり笑って、漸く元の状態に落ち着いた私達は、再び隣同士で座っていた。
少しだけ不機嫌な調子で言ったシュラの顔は、未だ真っ赤に染まっている。
すっかり油断して夢の世界に落ちてしまっていた自分を、恥じてもいるのだろう。


「好きな女に、あんなみっともない姿を曝すなど、不覚にも程がある。まさか鮎香に、あんな風に笑われるとはな。」
「でも、そんなシュラも可愛かったわよ。」
「言うな……。」


片手で顔を覆って、深い深い溜息。
そうか、怒っていると言うよりは、拗ねているという方が当たっている。
恋人に起こされるのなら、悪戯をされるよりも、そっと優しく起こされたいと思うのは、男性として当然。
それが力の強い男の人ならば、恋人にからかわれるなんて以ての外。
シュラみたいな人は特に、真面目で大人で、プライドも高いだろうから。


「ごめん、ね?」
「もう良い、気にするな。」
「そうは言っても、顔が真っ赤よ。」
「だから、言うな。」


プイッとそっぽを向く仕草が、また可愛い。
そう思った事は、一生、心に秘めておこうと決めた。
じゃないと、また拗ねて怒ってしまうものね。
もう一度、彼に謝る代わりに、持ってきたバスケットを、シュラのデスクの上に乗せた。
これで機嫌を直してくれれば良いけれど……。


「鮎香、これは?」
「サンドイッチ作ってきたの。」


このままだと戻りは夜の十時を越えそうだと、メッセンジャーに託された伝言。
それを見て、夕食も食べないままではお腹も空くだろうし、仕事の効率も下がってしまう。
何か軽く食べられるものでも持って行って上げたい。
そう思って、急いで用意出来たのがサンドイッチだった。
そして、マグボトルの中には、温かなコンソメスープ。


「これは助かる。丁度、腹が減っていたところだ。」
「食欲より睡眠欲、じゃなかったの?」
「言うなと言ってるだろう。」


――コツッ!


小さく額を小突かれた。
これ、地味に痛い。
流石は聖闘士、僅かに弾いただけの指の力でも、これ程までに強いとは。


「ローストチキン、か?」
「ごめんね、手抜きサンドイッチで。」
「いや、こうして用意してくれただけで感謝だ。それに、味は保証されているから問題ない。」


具材のローストチキンは、今朝、執務に向かう前に磨羯宮に立ち寄ったデスマスク様が、作り過ぎたからと言って置いていったもの。
彼とアフロディーテ様のお二人は、シュラと付き合いが長いという事もあってか、私が磨羯宮に移り住んで早々に、同棲を始めた事を打ち明けていた。
デスマスク様は、私が仕事を辞める事も、仕事量を減らしもしない事を見かねてか、時々、気を遣って、こうして料理のお裾分けなどを持ってきてくれる。


「美味い。」
「ふふっ。その言葉は私ではなく、デスマスク様に。」
「今更、アイツに感想を言う気はない。それにサンドイッチにアレンジしたのは鮎香だろう。鮎香に言えば十分だ。」


私はずっと、シュラは大人な男性だと思っていた。
年下のミロ様達は勿論、同い年のデスマスク様達と比べても、ずっと大人で落ち着いている人だと。
でも、一緒に暮らして分かった事。
彼だって子供っぽいところはある。
子供みたいに拗ねたり、少年みたいに必死だったり。
普段のシュラからは決して見えない子供っぽい部分。
そんなところに可愛さを感じて、より一層、キュンとしてしまう自分。
きっと今の私なら、シュラの見せるどんな表情だって、好きになってしまうのだろう。





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