16.うたた寝



歩き慣れた教皇宮の廊下を、私は靴音を潜めて歩いていた。
手にはバスケット、服装は目立たぬようにと、敢えて女官服を身に着けている。
誰とも、すれ違わなかったのは幸いだと言って良いのだろう。
こんな遅い時間では、誰かに出くわす事すら珍しいけれど、それでも、残業中の人だっているのだ。
まさにシュラが、そうであるように……。


――コンコンッ。


「お邪魔します……。」


控えめなノックと、小さな声で挨拶をしてから、細く扉を開けて、執務室の中を覗き込んだ。
目の前には、自分のデスクに向かう、シュラの後ろ姿が見えている。
が、返事はない。
それだけ真剣に書類と格闘しているという事だろう。
見た限りでは、彼の他に人の気配はない。
確実に居残っているだろうと思っていたサガ様の姿も見えない。
仮眠室にでも行ったのだろうか。


「シュラ?」
「…………。」


もう一度、声を掛けたが、やはり返事がない。
私は再度、シュラの他に誰もいない事を確認してから執務室の中に入り、書類に向かう彼の顔を覗き込んでみた。


「……あ、寝てる。」


横にいって見れば、彼は手にペンを持ったまま、コックリコックリと船を漕いでいる。
シュラの、こういう姿は珍しい。
凄く凄く珍しい。
仕事に対しては生真面目過ぎる程に真面目で、いつも真剣に取り組むシュラが、こんな風に居眠りするだなんて。
人前は勿論、私の前でも絶対にしないのに。


仕方ないかな。
昨日は任務から戻ってきたのが、夜の九時。
そして、今日は報告書作成のために朝から執務に向かい、昼までに終わらせて帰ってくる予定だったのに、重要書類の誤廃棄という事務官達のミスが発覚。
そのフォローに駆り出されて、結局、自分の報告書は後回しになってしまい、こんな時間に。
昨日までの任務で疲れ果てていたシュラは、出来れば昼からは、ゆっくりと休みたかっただろう。
こればかりは運が悪かったとしか言いようがない。


シュラに気付かれぬよう、音を殺して、そっと彼の横の席に座る。
デスクに頬杖を付いて、うたた寝をするシュラの横顔を暫くジッと眺めた。
こんなにジックリと観察するチャンスなんて滅多にないもの。


羨ましいくらい睫が長い。
伏せた睫が白い肌に影を作っている様が、また何とも色っぽい。
カクカクしながら寝ている姿でも、こんなに色気があるなんてズルいわ。
整った顔立ち、薄い唇、本当に綺麗。
男らしい精悍な顔をしているのに、でも、綺麗。
こうしてジックリ眺めていると、改めて好きだな、と思う。
勿論、性格とか声とか、色々な要素が全て集まって『私が好きなシュラ』になるのだけれども、こうして顔だけ見ても凄く好きだと思える。
やっぱり彼を好きになったのは、必然だったのだろうか。


「えいっ。」
「っ??!!」
「あ、起きた。おはよう、シュラ。」
「なっ?! な、なな、あ……、鮎香っ?!」


居眠り中の素敵過ぎる横顔を見ている内に、何だか段々と腹が立ってきてしまい、考えるより先に、指でその白い頬をグッと突っ付いていた。
突然の攻撃を受けたシュラはというと、文字通り椅子から飛び上がった。
切れ長の目を目一杯に見開き、驚きと焦りと警戒心の入り交じった顔で、キョロキョロと周囲を見回す姿の滑稽な事といったら、私は笑いを堪えるだけで精一杯。
ご丁寧に聖剣の構えまで取って立つシュラの今の姿、デスマスク様が見たなら大爆笑だろう。





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