読めない俺の無表情に、不安になって去っていった女はいた。
なかなか会えない事に不満を漏らし、去っていった女もいた。
だったら、それで別に良いと思った。
無理に引き止める気も、追い駆けて連れ戻す気もなかった。
心が擦れ違ってしまったのなら、それ以上は、どうしようもない事。
それが男と女というものだ。
そこでそうして終わる運命だったのだと、相手の事は直ぐに忘れるように努めた。


だが、彼女は違う。
鮎香は、鮎香だけは、泣いて縋ってでも、地に頭を擦り付けてでも、どんなに格好悪い自分を曝け出してでも、引き止めたいと思うだろう。
一生、離したくはない。
そう思った唯一の女だからこそ、こんなにも時間を掛けて、怖がらせないよう慎重に、そして、らしくない事までして必死で、鮎香の気を惹こうと努力してきた。


「本当……、駄目ね、私。自分では、そんなに鈍いなんて思ってなかったのだけど……。」
「鈍いと言うより、謙遜し過ぎなのだろう、鮎香は。自分を低く見過ぎている。」
「謙遜、か。確かに、そうなのかも。前からね、一緒に日本から来た女官仲間に言われていたの。シュラ様は鮎香に気があるわよ、って。でも、貴方は皆に優しいのだと思っていたから、彼女の言う事を信じようとはしなかった。」
「そうか、それで……。」


昨日の夜、教皇宮でのテラスでの事。
俺の誘いを、一度は拒否した鮎香。
俺が彼女をベッドに誘ったのは、一夜の遊びだと鮎香は考え、俺が彼女を好いているのだとは、夢にも思わなかったようだった。
それも、それまでの俺の努力が伝わってなかったから。
鮎香が多少……、いや、かなり鈍かったせいで。


「まぁ、良い。こうして今は、俺の想いが届いた。それで十分だ。」
「十分? 本当に?」
「ん?」
「私の想いもシュラに届いた。どちらか一方ではなく、二人共に互いを想い合っていた事が分かって、だから、これから時間を掛けて、もっと深めていくんじゃないの? だから、十分には、まだまだ遠いと思うけど?」
「ふっ、確かにな。」


ガタリ、音を立てて立ち上がり、座ったままの彼女を背後から抱き締める。
昨夜の、いや、今朝の名残が色濃く残る鮎香の身体はビクリと震え上がり、それを感じ取っただけで、俺の体内に沸き上がる抑え切れない熱。
そうか、十分ではないというのは、こういう事か。
止め処なく沸き上がる愛しさと、内側を突き破らんばかりに溢れる情熱と。
何処までも、いつまでも、鮎香を求めずにはいられない心。


「どうする? ベッドは目の前にあるが?」
「っ?!」


狭いリビングには、彼女の使っていたシングルベッドが一つ。
俺を、俺達を誘うように置かれている。


「……馬鹿。誰かが訪ねてきたら、どうするの?」
「そうだな。こういうシチュエーションも悪くないと思ったのだが、ここでは少し無防備が過ぎるか。仕方ない、俺の宮に戻るまで、我慢するとしよう。」
「……馬鹿。」


抱き締めた鮎香の首筋が真っ赤に染まる。
髪の毛から覗く隙間、赤い首筋に、更に赤く鬱血した一点。
昨夜の痕跡、小さく残るキスマークを見つけて、不意に強く滾る独占欲。
俺はその場所に、もっと強く痕が残るよう、同じ場所に、熱いキスを落とした。



消えぬ痕跡を残して
(それは移ろわぬ愛の印)



‐end‐





黒山羊さんのマーキングwww
間違いなく濃厚で執拗です^^
そして、独占欲も強い、絶対!
初めて入った彼女の家に、興味津々ドキドキしてれば良いと思ったり何だりしてますw

2014.03.02



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