「……よし、と。こんなところかな。」
「思ったよりも大荷物になったな。」
「本当ね。必需品だけで、こんなにあるなんて思わなかった。引っ越しって大変。」


一通りの作業が終わると、鮎香がお茶を淹れてくれた。
小さなダイニングテーブルに向かい合って座り、温かな紅茶を啜る。
これは、共に出掛けた時に、俺が選んでやったキーマンだ。
差し出されたシュガーポットにも、同じく星形の角砂糖が詰め込まれていた。


「……ふふっ。何だか新鮮。だけど、ちょっと変な感じ。」
「何がだ?」
「この部屋で男の人と二人きり、こうして過ごす事なんて、初めてなんだもの。」
「男は誰も入れた事がないのか?」
「最初に引っ越してきた時、荷物を運んでくれた人以外は、ね。」


鮎香の仕事の大変さを思えば、当然なのかもしれない。
この一年、ずっと彼女を見てきたが、いつも忙しく働いていた。
彼氏を作って仲良く過ごす時間など、とても有りはしないだろう。
一生懸命で、手を抜く事など考えもしない。
それでも、笑顔を絶やさない鮎香は、とても輝いていた。


「俺も凄く新鮮だ。こういう状況は。」
「状況?」
「好きな女の家で、二人きりで居る、という事がな。今まで経験がない。」
「嘘、でしょう?」
「嘘ではない。」


これまで付き合った女がいなかった訳ではない。
だが、聖域内部の女に手を出した事は一度もない。
だからこそ、数少ないそれ等の恋は、長くは続かなかった。
いつ会えるかも分からない相手、しかも、こんな仏頂面で口数も少なく、決して優しくもない、面白味のない男だ。
直ぐに愛想を尽かされ、女が離れていくのも当然。


「寡黙と無表情は置いておくとしても、シュラが優しくないって事はないでしょう? だって、私が困っている時、貴方はいつも手を貸してくれた。その優しさに、私は何度も触れたわ。」
「……気付いてなかったのか?」
「え?」


俺が優しい?
キョトンとして言葉を返した俺を、更に鮎香がキョトンとした顔で見返した。
そうか。
そういった事には、あまり敏感でないとは思っていたが、まさか全く伝わってなかったとは……。


「俺が親切だったのは、お前にだけだ、鮎香。あれが他の女官だったら、手は貸さなかっただろう。」
「え? それって……。」
「下心、だな。俺も、ミロやアイオリアの事をどうこう言えない。存外、必死だったという事だ。少しでも好印象を与えて、鮎香の気を惹きたかった。すまんな、失望したか?」


鮎香は大きくパチパチと瞬きをした後、フッと小さな笑みを零した。
それを隠すように、カップに残った紅茶をゴクゴクと飲み干す。
小さく漏らした息と、俯いたままの彼女の表情に残る薄い笑みに、視線が釘付けになる。


「失望はしない。安心はしたけれど。」
「安心? どういう事だ?」
「だって、シュラは誰に対しても優しいものだと思っていたから、私だけ特別だなんて知らなかったの。貴方が見せる親切に、どれだけの女の子が胸をときめかせているんだろうって思ったら、とても胸が痛かったから……。」


あぁ、そうか。
そういう受け取り方もあるのか。
俺は口数少ない分、それが特別なのだと彼女に知らせる事が出来ていなかった。
言葉が極端に少な過ぎたのだ。
故に、アピールのつもりで行っていた行動の数々が、ただ鮎香に不安を与えていただけになっていた、と。





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