鮎香の紅茶の好みは、どうやらセイロンティーのようだ。
ダージリンやアッサムなどのインドの紅茶は、あまり好きではないと言っていた。
彼女はウバやルフナなどのセイロンティーの茶葉を手に取り、それからフレーバーティーに目を向けた。
アールグレイは勿論、この店には桃や苺などフルーツのフレーバーや、薔薇やカモミールなどの紅茶も取り揃えられている。
「ラプサンスーチョンって、どうなんですか? シュラ様、飲んだ事あります?」
「人それぞれだろう。俺は嫌いではないが、匂いが相当キツいぞ。」
「あ、本当ですね。燻製みたい。」
独特の燻製香が強いが、渋みが少なく甘い味わいの紅茶だ。
匂いが平気ならば飲み易いとも言えるのだが、日本人には馴染みが薄いだけあって、キツいだろうと思う。
そう思った通りに、茶葉の匂いを確かめた鮎香が、小さく顔を歪めた。
その顔が普段の彼女よりも幼く、そして、何とも可愛らしくて、思わず俺の唇からフッと零れ落ちた笑み。
「あ、シュラ様。今、ちょっと馬鹿にしました?」
「まさか。馬鹿になどしていない。」
「じゃ、その笑いは何です?」
目を細め、ジッと俺を見上げてくる鮎香のその顔が、また愛らしいというか。
無意識に俺の心を何処までも擽ってくる。
つい我慢し切れずに、その耳元に唇を寄せて囁いた。
「馬鹿にしているんじゃない。鮎香があまりに愛らしいからだ。」
「っ?!」
途端にカアッと真っ赤に染まる鮎香の顔。
初心というのとは違う、素直で純真。
ただ、それは無垢な少女のそれとは別物だ。
世間を知らない訳ではなく、大人としてのアレやコレやを知った上で尚、邪気ない笑顔を浮かべられる、それが鮎香。
見栄を張ったり、強がったりしない、飾らない彼女自身が、こうも可愛らしい。
間近でその姿に触れれば、惚れるのは当然至極だろう。
(そうか、だからアイツ等も……。)
アイオリアとミロの二人も、鮎香に恋心を持ったのかと得心がいく。
そうだな、こういう作られていない可愛さ、彼女の真っ直ぐさを目の前で見てしまえば、心奪われるのも無理はない。
何しろ、俺自身がそうだったのだから……。
見れば、鮎香は俺の横からすり抜けて、カップやティーセットが並んでいる棚の方へと小走りに近寄っているところだった。
どうやら俺の言葉による羞恥を何とか誤魔化そうとしているようで、身を屈めてカップの模様を覗き込んだり、それを手に取ったりと、ぎこちない動作で忙しなく動いている。
だが、赤く染まったままの顔では、照れ臭さを誤魔化そうにも、ちっとも誤魔化しきれていないだろう?
それに気付かない彼女ではないだろうに、それでも必死に誤魔化そうとする姿が、また可愛らしく思えてしまう自分。
(全く、どれだけ鮎香に惚れ込んでしまってるんだか……。)
止め処ない自分自身の心の揺れに、漏れるのは苦い笑み。
だが、それすらも心地良いと思えるのは、自分では抑えようもなく彼女に恋をしているからだと思った。
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