08.寸止め



女と過ごす、他愛もない時間。
ただ共に買物をして、並んで通りを歩いて、ランチを食べて。
その合間に、取り留めのない会話を交わす。
ただ、それだけの時間。


それ以外に何もないのに、どうしてか不思議と楽しかった。
共にいる相手が鮎香であるというだけで、こんなにも感じ方が違うのか。
改めて気付く『恋』というものの魔力と、鮎香に対する自分の想いの強さ。


(どうして、こんなにも彼女に惹かれてしまったのだろうな……?)


ぼんやりと思いながら、その横顔を無意識にジッと眺めた。
サラサラの黒髪は、何度、耳の縁に掛けても、また直ぐに滑り落ちてしまい、鮎香は何度も指で髪を掬っては、それを耳へと運ぶ。
その何気ない女らしい仕草と、髪を掬う華奢な指の白さ。
そんな細かな事の一つ一つまでもが、俺の心を揺さ振ってくるのだ。
俺は抗いようもなく、その波に飲まれて、彼女の一挙手一投足の全てから目が離せなくなってしまう。


「……シュラ様?」
「ん? あ、あぁ、すまん。ボーっとしていた。」
「シュラ様がボーッとするなんて、珍しい事もあるんですね。」
「そうか?」


横に並び立つ俺を見上げるようにして、鮎香がクスクスと笑った。
あぁ、この位置は良いな。
まるで恋人同士のようじゃないか。
楽しげにはしゃいでは、その度に笑顔で見上げてくる彼女と、その傍らで優しく見守るように、その小さな頭を見下ろす自分。
傍(ハタ)から見れば、自分達の姿はカップルに見えているに違いない。


「蜂蜜って、蜂が蜜を集めた花の種類によって、随分と色や味、香りも違うんですね。こんなにあると迷ってしまいます。」
「そうだな、香りで選ぶのが良いだろう。クセの強いものは使い道を選ぶ。好みも分かれるしな。」


ランチの後、俺達は新しい紅茶を買いに、俺の馴染みの店へと来ていた。
だが、鮎香の興味は、紅茶よりも蜂蜜に向いているようだ。
カウンターに並べられた蜂蜜の瓶を繁々と眺め、ラベルを指で追っては、そこに書かれたギリシャ語の文字を声に出して読んでいる。


「これは……、サクラ? 日本の桜の事?」
「ん、どれだ? あぁ、そうだな。日本からの輸入品だと書いてある。」
「どんな味がするのか、気になります。」


店の人が味見用にとハチミツを掬ったスプーンを差し出してくれた。
それを受け取り、人差し指を浸す鮎香。
ハチミツ色の爪先と、細く長い指先が掬い取る琥珀色のハチミツ。
何というか……、それだけで何処か淫靡な光景に見えてしまう自分の都合の良い視界。
俺は思わずゴクリと唾を飲んだ。
勿論、彼女に気付かれぬように。


「うん……。甘いけど、少しだけ渋いような、爽やかな風味の蜂蜜ですね。」
「あぁ、仄かに木の香りも感じる気がするな。少しクセのあるハチミツの味だ。だが、これはこれで美味い。」


一頻りハチミツのテイスティングをして、結局、鮎香はスペイン産のスタンダードなハチミツを購入した。
彼女が指に掬ったハチミツを口に含む姿を眺めては、心の中で密かに楽しんでいた自分としては、この時間が終わってしまった事が残念でならないが。


と、そこでハタと気付く。
全く妄想癖も良いところだ。
鮎香の指先と、それを美味しそうに舐め取る様子を見て、勝手に卑猥な考えに浸るなど。


ふと視線を感じて横を見遣ると、また不思議そうな目をした鮎香が俺を見上げている。
俺は小さく苦笑を零し、彼女の背を手で押して、先へと促した。





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