まだ平日の午前中だからだろうか。
人の少ないアテネの街を、鮎香と二人で並んで歩く。
俺の買い物に付き合うという形で、半ば強引に連れ出したのを、デートと呼べるかは分からないが、折角のチャンスだ。
十分に楽しまなければ勿体ない。
そんな事を思いながら、俺は鮎香に声を掛けつつ横に移動し、少しだけ開いていた彼女との距離を気付かれないように縮めた。


「鮎香は、何処か行きたいところはあるのか?」
「今日はシュラ様のお供ですから、特には……。あ、でも、もう少しで紅茶がなくなりそうなので、新しい茶葉が買えれば良いかな、と。」
「そうか。俺も新しいものを買い足そうと思っていたから、丁度良かった。」


俺の言葉に、少しだけ驚いた顔をして見上げてくる鮎香を、軽い笑みを浮かべて見返した。
実際のところ、我が家の紅茶は、まだまだ無くなりそうもないのだが。
鮎香の好みを知る絶好のチャンスとばかりに、咄嗟に出た口から出任せに自分でも驚く。


「馴染みのお店があるのですか?」
「あぁ、いつも行く店は、茶葉の種類も豊富でな。ジャムやハチミツなんかも置いてあるから、いつ行っても飽きない。」
「それは楽しみで――。」
「ん? どうした、鮎香?」


話の途中、不意に途切れた鮎香の言葉。
横の彼女を見遣ると、ジッとこちらを見上げているようだが。
俺の顔に何か付いているのか、髪に寝癖でも残っていたのか。
そう思えば、嫌な不安が心を覆い、自分自身でも表情がみるみる曇っていっているだろう事を自覚出来た。


「シュラ様、すみません。ちょっとだけ屈んでいただけますか?」
「屈む? こうか?」
「もう少しだけ……。」


言われた通りに膝を曲げ、頭を下げると、スッと身体を近付けた鮎香の首元が視界に映った。
眼前に迫った白い首と綺麗な鎖骨のライン、その窪みには小さなシルバーのハートが、ネックレスの先端でゆらゆらと揺れている。
予想外の接近と、近過ぎる距離、そして、彼女からフワリと香る甘い花の香り。
無意識の甘い誘惑に、一瞬だけ、目の前がクラリと揺れる感覚。


「……っと、取れました。」
「…………。」
「あの、シュラ様?」
「っ?! あ、す、すまん。何だ?」
「この葉っぱが、髪の毛に。」


目の前に差し出された指には、小さな緑の葉っぱが一枚、摘まれていた。
あぁ、何だ、そんなものだったか。
一安心して軽い溜息を吐いたのも束の間、今度はその細い指先に目が釘付けになり、気が付くと、その手首をパシッと握っていた自分がいた。


「っ?! シュラ様?」


目を大きく見開いて、俺の顔と掴まれた手とを見遣る鮎香の、困惑を多分に含んだ声。
無意識とはいえ、捉え掴んでしまった手首は華奢で、そんなところからも彼女の『女らしさ』を感じ取って、妙に胸が高鳴る。
そして、そんな風に言う事を聞かない自分の心臓が、酷く煩わしい。


兎に角、捉えてしまったものは仕方ない。
寧ろ、これは好機だとばかりに手首から手、そして、指先へと滑らせて、自分の無骨な手に収まった鮎香の小さな手をマジマジと見つめた。





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