06.視線



私は部屋のクローゼットの扉を両側いっぱいに開いて、その前で首を捻って悩んでいた。
結局、昨日の急なお誘いを断る事が出来ず、明日はシュラ様とアテネ市街にお出掛けだ。
突然のお誘いだっただけに、何を着ていこうか迷いに迷う。
ここ最近は、お買物も控えていたから、新しいお洋服もないし。
う〜ん、本気で悩んじゃう……。


「鮎香、居る?」
「あ、はい。居るわよ。」


部屋を訪ねてきたのは、同じ日本から派遣されてきた女官仲間の一人だった。
彼女はクローゼットの前に座り込んだ私の姿を見つけると、問答無用で私の手を取り、引き摺るようにして部屋から連れ出そうとする。
その強引さに、流石に私も面食らった。


「ちょ、ちょっと! 何? どうしたの?」
「今ね、闘技場で黄金聖闘士様同士が手合わせをしてるらしいの。そんなの滅多に見れるチャンスないんだから、見に行かなきゃ損よ。」
「え、手合わせ?」


この聖域に来て一年。
言われてみれば、聖闘士候補生や雑兵さん達の訓練を見た事は何度かあったけれど、聖闘士同士、ましてや黄金聖闘士の修練を見る機会など一度もなかった。
しかも、今回は後輩達への指導や指南ではなく、黄金聖闘士同士の手合わせ。
そんな貴重な瞬間を見れる事など、この先、どんなに見たくとも見れないかもしれない。


「黄金聖闘士様って、誰がいるの?」
「聞いた話では、アイオリア様とミロ様、それにアルデバラン様とシュラ様もいるらしいわ。」


シュラ様も……。
その名前を聞いた途端、心臓がドキンと大きく早鐘を打ち出した。
手合わせとはいえ、シュラ様が闘っている姿を見れるなんて。
そう思うだけで、不思議と心が高揚し、胸の奥がドキドキと高鳴り出してくる。
しかも、名前が上がったのは、黄金聖闘士の中でも、どちらかと言えば『武闘派』に分類される方々。
これは物凄いものが見れるのではないかと、期待で胸が大きく膨らんだ。


「見て、鮎香! 同じ事を考えてる人がいっぱい来てるわ!」
「うわぁ……。」


辿り着いた修練用の闘技場の観客席は、話を聞きつけた人達でごった返していた。
皆、黄金聖闘士同士の手合わせ見たさに、仕事すらサボッてココまで来ているようだ。
そのくらい熱気の渦に包まれた狭い観客席で、彼女と二人、何とか座れる場所を見つけ出して腰を下ろす。
そして、直ぐさま闘技場の中の状況に目を奪われた。


どうやら観客席にいる人達に配慮して、小宇宙を高めて放つ必殺技や、光速の動きは禁じ手にして手合わせしているらしい。
あくまで鍛えた肉体と、そこから繰り出される攻撃――、拳や蹴りによる打撃のみでの力と力、技と技の純粋な勝負。
それは、私が今までテレビ等で見ていた格闘技とは全くの別物で、あまりの凄まじさに、ただただ呆然と口を開けて眺めているしか出来なかった。





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