「どうした、アンヌ?」
「すみま、せん……。シュラ様……。」


私の背と頭に添えられていた手が離れ、今度は頬に触れてくる。
温かくて大きなその手の感触に心が揺れ惑いながらも、私は強い決意を抱いて、その手をそっと自分の頬から引き剥がした。


「……アンヌ?」
「駄目です、シュラ様。私など、抱き締めては駄目です。」
「何故だ?」


暗闇の中でも、シュラ様が怪訝そうな顔をしているのが分かる。
まるで猫のように目を尖らせ、目の前の相手を見据える黒い瞳。
闇に中に光る二つの目は、私を射抜いてしまいそうな鋭さを持っていた。


「何故って……、シュラ様には心に想う相手がいます。その方に、こんなところを見られてしまっては……、きっと誤解されてしまいます。」
「それなら心配いらん。気にするな。」
「気にします! いつ、何処で、誰に見られているか分からないんですよ! 昨日だって、アフロディーテ様に目撃されていましたし……。」
「アフロディーテか……。俺は気付いていたが、問題ないと思った。」


気付いていた?
アフロディーテ様が見ていた事を、知っていた?
だったら、どうして……。


「別にヤツに見られたところで、何も問題はないだろう。」
「でも、そこから噂になって彼女の耳に届いたら!」
「心配ないと言っている。アンヌは気にしないで良い。」
「そんな事を言われても、シュラさ――、っ?!」


シュラ様の行動は素早かった。
それはそうだ、彼は黄金聖闘士なのだもの。
私の目では到底、追い切れない速さで動く事が出来る。


見開いた私の両の瞳には、暗闇の色に染められた白い頬と、閉じた瞼、そして、頬に影を作る黒く濃い睫が映っている。
そう、私はシュラ様によって口を塞がれていた。
彼の熱い唇を、じっくりと押し付けられて。


以前のような、触れただけ、掠めただけのキスとは明らかに違う。
その唇の熱も、唇を流れる血液の音すらドクドクと聞こえてきそうな程に、しっかりと押し付けられて重なり合う唇と唇。
それは私の言葉を奪うには十分。
いや、言葉だけじゃない、動きも思考も全部奪ってしまう程の熱く長いキスだった。


「これ以上の口答えは許さん。それでも、まだ何か言うというなら、もう一度、その口を塞ぐぞ。より深く激しいキスでな。」
「……っ?!」


どうして、何か言い返せるだろう。
唇が離れたとはいえ、十センチも離れていない顔と顔。
この至近距離で、その瞳で見つめられたまま告げられたなら、逆らうなんて出来る訳がない。
シュラ様が言葉を紡ぐ度、唇から漏れる息が掛かる。
それは吐息のようで、その熱さを感じれば感じる程に私の胸はトクトクと高鳴り、身体はゾクリと震え上がるのだもの。


「あ、あの……。」
「まだ何か言うか? そんなに俺のキスで、黙らせて貰いたいのか?」
「ち、違――、んっ!」


こうして何処までも染め替えられていくのだ、この心は、全てシュラ様の色に。
徐々に深まりゆく熱い口付けに目眩を覚えながら、今、この時だけは、シュラ様を誰よりも近くで感じられるこの時だけは、彼の心にいる『彼女』の存在を忘れようと、そう思った。


窓の外は深い闇。
真っ暗な部屋の中で、私はシュラ様の広い背中へと回した腕にギュッと力を籠めた。



→第2章 第1話に続く





第1章の最初の一週間が終わりました。
鈍過ぎる夢主さんと、なかなかハッキリした行動を起こさない山羊さん故に、かなりもどかしい雰囲気が漂っていますが、生温かく成り行きを見守っていただければと思います。
とりあえず、この章のポイントは、山羊さんの『Gしてますよ宣言』ですw
そして、そのオカズにされている事に全く気付いていない夢主さんの鈍さ加減(苦笑)

第2章からは少し季節が進みます。
では、続きをお楽しみください^^



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