「……分かった。アンヌの好きにすれば良い。」


長いようで短いようで、息の詰まるような沈黙の果てに、先に折れたのはシュラ様の方だった。
小さな溜息と共に吐き出されたのは、諦めにも似た譲歩の言葉。
どうやら私の我が侭が、頑固なシュラ様の心に打ち勝ったらしい。


「本当に良いのです……、か?」
「男に二言はない。好きにして良いと言ったからには、アンヌの行動を阻止したりはしない。それに……、アンヌがいなくなって、本当に困るのは俺だからな。」
「シュラ様……。」


すっかり闇色に変わっていた部屋の中で、シュラ様の表情が良く見えない。
目を凝らして彼の顔を見ようと、少しだけ身体を前へと傾けた時、スッと伸びてきた大きな手が、私の手を包み込んでいた。


「これからも、宜しく頼む。」
「私こそ、宜しくお願いしま――、っ?!」


私が全ての言葉を言い終わらないうちに、シュラ様に預けていた手が強い力で引かれ、身体が大きく傾く。
そして、次の瞬間には、シュラ様の腕の中に身体が全部スッポリと収まっていた。
耳元には彼の大きな胸板、トクントクンと規則正しいリズムが薄いシャツ越しに聞こえてくる。
力強くて安心感のある、それでいて、私の心をざわめかせる心音。
どこかホッとさせられるのに、酷く落ち着かない。
正反対の感情の波が、この心に押し寄せてくる。


「あ、あのっ! し、シュラ様っ?!」
「しっ、少し黙っていろ。」
「で、でもっ!」
「良いから……。」


そう言って、手の位置を変え、私の頭を抱き込むようにしたシュラ様は、自分の胸に私の顔を押し付けて抱き締める力を強めた。
顔が厚い胸板に埋もれてしまったせいで、言葉が奪われる。
有無を言わせず、こういう事をする強引さは、磨羯宮に来るまでは知らなかったシュラ様の性格だった。


いや、それよりも今は……。


脳裏に思い浮かぶのは、昨日、シュラ様と共に過ごした市街での一日の事。
そして、先程、双魚宮を去る間際に、アフロディーテ様が何気なく放った言葉が私に与えた衝撃。


『昨日、シュラと市街に出掛けたんだね。』
『え? ご存知だったのですか?』
『偶然、見掛けたんだ、キミ達二人の事。手を繋いで楽しそうに、まるで恋人同士みたいだったね。』
『え? えええっ?!』


まさか知っている人に見られていたとは思いも掛けなかった。
確かに、あのように手を繋いでいたなら、恋人同士だと勘違いされてもおかしくない。
寧ろ勘違いするのが普通だろう。
あの状況で「違います!」なんて言っても、説得力がないと自分でも思う。


でも……、もし、その現場をシュラ様が心に想う『彼女』が見ていたとしたら……。


六年間も想い続けたシュラ様の気持ちが、誤解のために届かなくなる可能性がある。
それを例え本人が見ていなくても、いや、見ていなかった場合の方が厄介かもしれない。
人伝てに聞いた話の方が、尾ひれが付いて大きくなってしまう事が多いもの。


シュラ様は自覚がないのかしら?
私と手を繋いで歩いてる現場を、『彼女』に見られたら、どうするつもりなの?
もし、今、この瞬間に『彼女』がココを訪れたら、私を抱き締めているこの状況を、どう弁明するつもり?


私は小さく息を吐くと、添えた両手でやんわりと彼の胸を押し返した。
それに気付いたシュラ様が、不思議そうな顔をして私の顔を覗き込む。
目が合った瞬間、私の胸が切なさに締め付けられた。





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