この宮はいつも、一歩足を踏み入れただけで薔薇の香りに包まれる。
フワリと身体を包み込むように宮の奥から流れてくる薔薇の濃厚な香りに誘(イザナ)われて、私はプライベートルームへと続く扉をノックした。


「おや、アンヌじゃないか? 珍しいね、キミの方から尋ねてくるなんて。」
「すみません、いきなり押し掛けて。実はちょっとだけ、お聞きしたい事がありまして……。」
「ん、何だい? 美人さんからの質問なら、何でもお答えするよ。」


ふんわりと柔らかな微笑を湛え、楽しそうな様子のアフロディーテ様。
案内されたリビングで、勧められるまま明らかにアンティークだと思われるリビングチェアに腰を下ろす。
すかさずティーセットが乗ったトレーを持って現れたアフロディーテ様が、テーブルを挟んで向かい側の席に着いた。
完璧と言っても過言ではない、この優雅さ。
この人が、あの粗暴なシュラ様やデスマスク様と同じ黄金聖闘士なのだと思うと、凄く不思議な気がする。


「あの大変不躾なのですが、双魚宮の宮費の額を知りたいのです。」
「宮費? 何でまた?」
「これを見てください。」


私は持ってきた帳簿を、アフロディーテ様へと差し出した。
該当ページを捲って、先月、磨羯宮の宮費として支給された金額を指差す。


「この額、少ないですよね? 私の知っている限り、巨蟹宮のデスマスク様よりは圧倒的に少ないです。」
「あぁ、そうだね。」
「これが磨羯宮だけの事なのか、それとも宮によって違いがあるのか、それが知りたかったんです。ですから、双魚宮ではどうなのかと……。」
「成程、そういう事か。」


アフロディーテ様は小さく溜息を吐くと、テーブルの上に乗せられていた帳簿を引き寄せた。
だが、内容に軽く目を通した後、直ぐに私へとそれを返した。


「結論から言うと、この双魚宮の宮費額は、巨蟹宮と同じだ。」
「では、やはり……。」
「あぁ、シュラのところだけだ。特別に低いのは。」
「理由は、ご存知なのですか?」


アフロディーテ様は、その美しい顔にホンの少し困ったような表情を浮かべた。
何かを思い出して、ヤレヤレといった風に綺麗な顔を顰めている。


「知っている。まぁ、シュラらしい理由ではあるね。」
「教えてください。私は磨羯宮の女官です。知る権利はある筈です。」
「別に隠すつもりはないよ。口止めされてもいないし。シュラはね、聖戦時に被った損害の修理費を、自分の宮費から差し引いて、少しずつ返済しているんだ。」
「え………?」


聖戦時に受けた損害……。
多分、宮自体やその周辺の道や階段の破損の事だろう。
あの時は、十二宮の何処もかしこも酷く壊れて、大規模な修復が何度か行われた。
それにしても、シュラ様がその修理費を自分で支払っているとは……。
それは考え付きもしなかった理由で、私は呆然とアフロディーテ様の言葉の続きを待った。





- 3/9 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -